待兼山俳句会
第640回 令和2年11月16日
11月の例会は、10月の例会と同じ方式で大阪俱楽部で行われました。披講の後、出句をめぐって選者を始めとして出席者から様々な指摘があり、活発な議論が交わされました。
兼題 八手の花・時雨(幹三)
切干・木の葉髪(暁子)
当季雑詠 通じて八句
選者吟
しぐるるや軒先に聞く京言葉 幹三
門灯の明りの果に花八手
時雨ては時雨ては京暮れゆけり
生きる知恵少し身につき木の葉髪 暁子
筵より切干甘き香を放つ
時雨きて雲光りつつ流れゆく
選者選
幹三選
◎わが大志いづこにありや木葉髪 昴
◎木の葉髪追伸長きハガキ書く 眞知子
◎風よ吹け吹け切干の仕上り来 太美子
世渡りの下手なるままや木の葉髪 暁子
花八手暗きところにきつぱりと 邦夫
花八つ手一人住まひの老先生 かな子
小夜時雨灯らぬ家に帰りつく 輝子
近いのか遠くのやうな秋の虹 橙
◎ちぢまりてちぢまりて切干の旨さかな
かな子
切干の筵に近き波の音 安廣
休業の小さき張り紙村時雨 輝子
山越えて時雨下り来る早さかな 兵十郎
筵より切干甘き香を放つ 暁子
◎取り壊す父祖の石積み花八つ手 和江
桐一葉門構へある馬屋へと 遊子
冬の虹仰ぐ峠の山頭火 盛雄
花八手越しの挨拶庭の朝 洛艸
二上山見え隠れして片時雨 言成
◎縄電車八手の花を出発す 正信
洛北に杉の香立てり時雨きて 暁子
振り向けば時雨の中に父母立てり 邦夫
夕時雨これということなきひと日 眞知子
もじやもじやと切干大根絡まりて 橙
対岸はビルの灯ばかり花八手 正信
日溜りの横丁の羽音花八手 兵十郎
幹三特選句講評
・わが大志いづこにありや木の葉髪 昴
・木の葉髪追伸長きハガキ書く 眞知子
二句とも取り合わせの句であり、それぞれ季語「木の葉髪」との距離が成功している。若いころの気持ちの残滓、未練。話しても話しても感じるもの足りなさ、人恋しさ…どちらも冬のはじまりの侘しさである。
・風よ吹け吹け切干の仕上り来 太美子
寒風に仕事をせよと呼びかけているのである。自然に任せた仕上りがまもなく完遂する。中七までの変則的なリズムも魅力的。
・ちぢまりてちぢまりて切干の旨さかな
かな子
「ほんとに悲しくなるほど小さくなります」と作者。大根の重さが、そしてそもそも大根であったことさえも、どんどん失われていく。破調の後の「旨さかな」に愛を感じる。
・取り壊す父祖の石積み花八つ手 和江
私事ながら先日実家を取り壊した。父母と暮らした物理的な痕跡は消失した。この句の「石積」も長らく家族と共にあったのであろう。地味だが邸宅の一部のような八手の花が効いている。
・縄電車八手の花を出発す 正信
子どもの頃遊んだ場所に八手の花が咲いていたかどうか、誰も覚えていない。でもきっと咲いていたに違いない。路地が似合う、そして懐かしい花である。
暁子選
わが大志いづこにありや木葉髪 昴
山紅葉尉(じょう)の能面微笑める(彦根城にて) 遊子
◎風よ吹け吹け切干の仕上り来 太美子
◎暮れなずみ薄日に光る時雨かな 昴
秋風や墨絵のごとく雲流る 遊子
高齢者ばかりの集ひ時雨虹 言成
小夜時雨灯らぬ家に帰りつく 輝子
花八つ手媼暮らしも悪くなし 輝子
山越えて時雨下り来る早さかな 兵十郎
鰯雲比良を望みて湖上船 遊子
◎しぐるるや軒先に聞く京言葉 幹三
落語家の枕もコロナ冬に入る 眞知子
切干の匂ひよ割烹着の母よ 翠
花八つ手分子構造飛び出でて 橙
取り壊す父祖の石積み花八つ手 和江
◎ひとすぢの日矢際やかに時雨雲 かな子
冬の虹仰ぐ峠の山頭火 盛雄
時雨るるや本の売場に引き返す 輝子
◎重ねきし日々いとほしき木の葉髪 太美子
冬の海ハングル文字の難破船 りょう
しぐるるも峠越えれば甲斐は晴れ 和江
対岸はビルの灯ばかり花八手 正信
日溜りの横丁の羽音花八手 兵十郎
暁子特選句講評
・風よ吹け吹け切干の仕上り来 太美子
私も大根が残った時に笊に広げて干すことがあるが、これはもっと広々とした場面であろう。今でも機械に頼らず天日干しをしている農家や製造者の、大根を一面に敷き詰めた筵がずらっと並んでいる風景を想う。気持のよい句。
・暮れなずみ薄日に光る時雨かな 昴
「薄日に光る」雨という、まさに時雨の特徴をとらえた句。
・しぐるるや軒先に聞く京言葉 幹三
時雨に降られた旅人が偶々雨宿りした軒に、同じように駆け込んだ地元の人たちの話し声が聞こえたのか、或いは軒端を借りた店の奥の方で京言葉が話されていたのか。時雨と京都はワンセットのようになって、多くの句が作られているが、この句の場合は自然で新鮮な取り合わせになっている。
・ひとすぢの日矢際やかに時雨雲 かな子
同じくこの句を特選にとられた真知子さんの感想にあったように、誰もが見たことがある短い時間の光景を見事に切り取られた。句会の後の話し合いの時に、「際やかに」は言わずもがなではないかという意見も出された。
・重ねきし日々いとほしき木の葉髪 太美子
どちらかというとネガティブな季題をポジティブに捉えられた。元気づけられる句。
互選三句
かな子選
小夜時雨灯らぬ家に帰りつく 輝子
花八つ手分子構造飛び出でて 橙
分別しごみ出す朝の時雨かな 眞知子
一人暮しとなった初老の男性。慣れぬごみ出しのわびしさ。
邦夫選
時雨ては時雨ては京暮れゆけり 幹三
筵より切干甘き香を放つ 暁子
重ねきし日々いとほしき木の葉髪 太美子
木の葉髪を意識すると思い出の全てが容認される。
橙選
ちぢまりてちぢまりて切干の旨さかな
かな子
門灯の明りの果てに花八手 幹三
足太き裸婦像に散る銀杏の黄 兵十郎
どっしりと動かない裸婦像に次々落ちる鮮やかな黄の対比
輝子選
時雨ては時雨ては京暮れゆけり 幹三
取り壊す父祖の石積み花八つ手 和江
木の葉髪追伸長きハガキ書く 眞知子
用件は一つなのに次々思い出す。よく経験することです。
兵十郎選
風の間に葉に日を移す花八手 昴
切干を束ねて椎葉の村深し 盛雄
切干は風と光で作られた 朱美
「作られた」とあっけらかんと言い切った歯切れのよさ。
正信選
取り壊す父祖の石積み花八つ手 和江
冬の虹仰ぐ峠の山頭火 盛雄
ちぢまりてちぢまりて切干の旨さかな
かな子
破調の中十。十音を一気に読ませる事で凝縮を強調。
眞知子選
花八手新聞受けに音がする 茉衣
休業の小さき張り紙村時雨 輝子
ひとすぢの日矢際やかに時雨雲 かな子
時雨を降らせた曇り空がふと明るんで日が射した瞬間。
翠選
小夜時雨灯らぬ家に帰りつく 輝子
休業の小さき張り紙村時雨 輝子
取り壊す父祖の石積み花八つ手 和江
先人の創意の石積、容赦なく取り壊される。それを見ている花八手。
乱選
櫛けづる汝が肩に背に木葉髪 昴
花八つ手分子構造飛び出でて 橙
冬の虹仰ぐ峠の山頭火 盛雄
山頭火の名を用い、旅人山頭火に峠で冬の虹を見させた。
投句者選一句
朱美選
時雨忌や野には多くの種残し 和江
種が市井の私達にまで届いたことに感謝。
瑛三選
法事終へ辞したる僧の木の葉髪 邦夫
一寸つき過ぎ、しかし季語のさびしさをうまく詠んでいる。
和江選
花八手庭の日蔭のビッグバン 兵十郎
花八手をビッグバンに譬えた妙。庭隅に白い太陽。
言成選
落葉掃き外出前も帰宅後も 茉衣
いくら掃いても次から次と散って来る落葉に手を焼いている様子。
太美子選
挑戦の気概は捨てず木の葉髪 翠
平櫛田中の「これからこれから」の如く美に触れ感動を。
昴選
切干の筵に近き波の音 安廣
切干が波頭に見え、海の音を聞く思いもする海辺の景。
茉衣選
遺書書くか書かぬか思案花八手 瑛三
書こうかどうか迷う心と視線を受け止める花八手。
盛雄選
振り向けば時雨の中に父母立てり 邦夫
父母の記憶は時雨の中にあって輪郭は朧。余韻余情の妙。
安廣選
山越えて時雨下り来る早さかな 兵十郎
時雨はさっと来てさっと去る。その様が実感される。
遊子選
弾き終へし鍵盤の上木の葉髪 幹三
ふと思う自己の齢。動のあとの一瞬の静。
洛艸選
切干のやうな我が身や日を吸ひて 暁子
日に晒され皺だらけの切干を古老の我が身に擬えた妙。
りょう選
貧しくも仲良き一家八手咲く 暁子
昭和の憧れたホームドラマのワンシーンが浮かびます。
参加者自選句
十歳の庭で名を知る花八手 朱美
寝枕に散る木の葉髪惜しや惜し 瑛三
魔女めくも本物の魔女木の葉髪 和江
花八つ手一人住まひの老先生 かな子
花八手淡く明るき色放つ 邦夫
めつきりと少なくなりし木の葉髪 言成
山茶花の垣根の続く坂の道 橙
花八手拳つぎつぎ出し誕生 太美子
花八つ手街もはづれの我が家古り 輝子
風よけの帽子厚手に木の葉髪 兵十郎
しぐるるやかすかに手を振り分れけり 昴
芳醇なボルドー色の落葉舞ふ 茉衣
潮の香の砂丘に尖る時雨かな 正信
木の葉髪追伸長きハガキ書く 眞知子
自分流ひそと暮して花八手 翠
折々の節目を紡ぐ木の葉髪 盛雄
諍ふて一人窓辺の北時雨 安廣
山紅葉尉(じょう)の能面微笑める (彦根城にて) 遊子
宿坊の庭を一撫で朝時雨 洛艸
木の葉髪と教えし母の歳も超え 乱
娘より届く切干妻の味 りょう