待兼山俳句会
第662回 令和4年7月11日
今回の例会も4ヶ月続けて、会員の投句から成る「清記」を材料にして大阪俱楽部で行なわれました。
出席者
瀬戸幹三・山戸暁子・鈴木輝子
鈴木兵十郎・瀬戸橙・寺岡翠
東中乱・東野太美子・宮尾正信
向井邦夫・森茉衣・山田安廣
投句者
植田真理・碓井遊子・覚野重雄
草壁昴・西條かな子・鶴岡言成
中嶋朱美・中村和江・西川盛雄
根来眞知子・平井瑛三
出席者12名+投句者11名 計23名
兼題
月見草・ハンカチ(幹三)
青田・夕焼(暁子)
当季雑詠
通じて8句
選者吟
あやふやな昼夜のへりに月見草 幹三
天頂に火の手のまはる大夕焼
ハンカチに今日一日の疲れあり
夕焼の果てしが母の帰り来ず 暁子
改札口出て夕焼の方へゆく
風の来て脈打つごとき青田かな
幹三選
ハンカチを帽子に垂らし掛取に 兵十郎
ニュータウンこんな隙間に月見草 兵十郎
夕焼を残し峰みね沈みゆく 安廣
痛む腰反らし仰ぎぬ大夕焼け 翠
◎保津峡を抜けて鉄路は青田中 輝子
夕焼に工場の鐘の響きをり 真理
夕焼や一番星はまだ見えず 言成
牛鳴いて青田広がる加賀野かな 瑛三
占いのやうにハンカチ選ぶ朝 橙
月見草手をつなぎたる記憶のみ 暁子
◎何ものか潜んでゐたる青田波 橙
おそるおそる花開きたり月見草 真理
蚊火の香を辿りて人を探し当て 太美子
命生れ風に飛びかふ青田かな 翠
夕闇に紛れぬものか月見草 橙
◎踏み込めば恋でありしを月見草 眞知子
出港のあとにハンカチひとつ舞ふ 真理
月見草土手の夕風吸うてさく 邦夫
◎青田風昇りて青き空を吹く 昴
◎改札口出て夕焼の方へゆく 暁子
◎夕焼に見入りそれぞれ家路へと 乱
夕焼の果てしが母の帰り来ず 暁子
座るなりハンカチを出す二人連れ 邦夫
ハンカチで確保の座席草野球 盛雄
初めての接吻の夜や月見草 安廣
天使魚小さき口から小さき泡 橙
風の来て脈打つごとき青田かな 暁子
◎車窓より夜目にも青き田の続く 暁子
幹三特選句講評
・保津峡を抜けて鉄路は青田中 輝子
京都から丹波へと向かう鉄路である。清流と岩と谷という景が一変して平らな盆地となる。夏の大きな景が電車の進行と共に変わるさまがゴージャス。若き日によく利用した山陰線、個人的にノスタルジーを感じる句でもあった。
・何ものか潜んでゐたる青田波 橙
青田から青田へ、何か巨大な生き物が移動していくような青田風。その波打つさまを「ひそんでいる」と言い切ったところが潔い。こういう想像力を大人になっても持っていたいものである。
・踏み込めば恋でありしを月見草 真知子
「月見草」はなかなか懐の深い季語。恋を思いとどまったという心情との取り合わせがぴたりとはまった。「宵待草」の歌詞も思い浮かぶ。
・青田風昇りて青き空を吹く 昴
青田を存分に吹いた後、一気に上昇して青空へ。自由気ままに空中を移動する風になったような気分である。
・改札口出て夕焼の方へゆく 暁子
呟くような一言。余白と軽みが句を魅力的にしている。そもそもその方向に行くはずだったのか、夕焼の美しさに惹かれて行ったのか。想像が句を立体的にする。
・夕焼に見入りそれぞれ家路へと 乱
息を吞むような夕焼であったことがよくわかる。個人の暮らしに戻っていく人々とその人達をとりまとめるような夕焼空である。
・車窓より夜目にも青き田の続く 暁子
電車の明かりが青田の一部を照らす。その先の暗がりに大いなる青田が広がっているのが感じられる。電車の速さで動いて行く視点が面白い。
暁子選
ハンカチを帽子に垂らし掛取に 兵十郎
◎松籟に鎮もるままに句碑涼し 太美子
白麻のハンカチたたみ持つ男 眞知子
大夕焼ビル林立の町を呑む かな子
夕焼を残し峰みね沈みゆく 安廣
◎野良仕事終へて望めり大夕焼 邦夫
遠景に八ヶ岳抱く青田群 朱美
◎人影に姉ちゃんお帰り月見草 翠
天頂に火の手のまはる大夕焼 幹三
保津峡を抜けて鉄路は青田中 輝子
占ひのやうにハンカチ選ぶ朝 橙
動乱の天地焦がして夕焼くる 正信
ハンカチにふと母の香のよみがえる 朱美
◎踏み込めば恋でありしを月見草 眞知子
恋文と汕頭ハンカチ玉手箱 和江
そっと差し出さるハンカチ刺繍美し 乱
民の血とメコン呑み込む大夕焼 和江
◎小さな手が肩とんとんや青田風 かな子
渡し場や客待ち顔の月見草 翠
青田風ひとりバス待つ里帰り 和江
夕焼けになお焼かれゆく阿蘇の山 盛雄
暁子特選句講評
・松籟に鎮もるままに句碑涼し 太美子
芦屋の松林の中にある稲畑汀子師の句碑を思った。「震災に耐へし芦屋の松涼し」。
・野良仕事終へて望めり大夕焼 邦夫
一日の仕事を終えた充足感に浸りながら、大夕焼の中にしばし佇む。
・人影に姉ちゃんお帰り月見草 翠
月見草の特徴は何といっても咲く時間帯であろう。月見草が開く頃になってやっと誰かが帰ってきたらしい。あっ、お姉ちゃんだ!
・踏み込めば恋でありしを月見草 眞知子
月見草には成就しない恋が似合う。余程慎重な方だろうか、理知的な方だろうか。踏み込むか、踏みとどまるか、悩んだ末諦めた若き日を振り返る。
・小さな手が肩とんとんや青田風 かな子
青田を渡ってくる心地良い風に吹かれながら、縁側で孫に肩を叩いてもらっている風景か、或いは田の草取をしている親が一服しているときにその肩を、子どもが叩いているのかもしれない。
互選三句
朱美選
手花火の静かに消えて月見草 昴
ハンカチで確保の座席草野球 盛雄
青田風ひとりバス待つ里帰り 和江
見送りのないお里の事情でも訪問できた満足感も伝わる。
瑛三選
草丈のそろふ青田に雲の影 重雄
街灯の途切れしところ月見草 幹三
ハンカチの乾く間の無し外回り 重雄
中七に炎暑の外回りの苦労がしのばれる。
和江選
占いのやうにハンカチ選ぶ朝 橙
青田波風の姿を見せて行く 安廣
空映す余白成長期の青田 太美子
植田から青田へ、その中間時期の余白ある田の美しさ。
かな子選
親友の通夜の帰りや夏の月 茉衣
青田波風の姿を見せて行く 安廣
大船団やつて来さうな大夕焼 幹三
壮大で見事な夏の夕焼の捉え方がよい。
邦夫選
改札口出て夕焼の方へゆく 暁子
街灯の途切れしところ月見草 幹三
さやさやと生命を唄ふ青田風 安廣
育ちゆく稲の葉の触れ合う音を「さやさやと」は巧み。
言成選
白靴は気分も白く塗り変える 茉衣
大夕焼五重塔を影絵とし 兵十郎
夕焼けの中をカラスが帰りゆく 朱美
よく見る情景をそのまま句に詠まれたところが凄い。
重雄選
ハンカチに今日一日の疲れあり 幹三
夕焼けの褪すれば父の帰る頃 輝子
夕焼くるこの方角に戦火あり 幹三
哀しさと無念さをさらりと。
橙選
夕焼けの褪すれば父の帰る頃 輝子
風の来て脈打つごとき青田かな 暁子
白壁に凌霄花の似合ふ家 茉衣
オレンジ色の花が白壁で映えている景が浮かびました。
太美子選
大船団やつて来さうな大夕焼 幹三
白靴は気分も白く塗り変える 茉衣
ハンカチや夫は単身赴任中 昴
酷暑の中別居の夫の身をハンカチを通して案じる妻の情。
輝子選
占いのやうにハンカチ選ぶ朝 橙
踏み込めば恋でありしを月見草 眞知子
天頂に火の手のまはる大夕焼 幹三
全天燃えるような夕焼。火の手という表現がぴったり。
兵十郎選
あやふやな昼夜のへりに月見草 幹三
青田風ひとりバス待つ里帰り 和江
民の血とメコン呑み込む大夕焼 和江
夕焼けが染めるメコン川は美しい。いや民の血であろう。
昴選
月見草老いたる母と手をつなぎ 暁子
青田波風の姿を見せて行く 安廣
青き田に白鷺の立つ韻かな 盛雄
田の音か、鳥のたてる音か、いや動かぬ白鷺の韻なのだ。
茉衣選
葉桜に緩和病棟見舞ひたり 遊子
大夕焼北西の窓独り占め 翠
青田風ひとりバス待つ里帰り 和江
映画かテレビドラマの一場面のような物語性を持つ。
正信選
青田風われは無敵の童なり 真理
民の血とメコン呑み込む大夕焼 和江
大好きなハンカチばかり失くす癖 輝子
誰もが経験する一景。サラッと切り取られ余韻が残る。
眞知子選
山裾が青田の果てや信濃路は 兵十郎
改札口出て夕焼の方へゆく 暁子
青田風ひとりバス待つ里帰り 和江
親の介護か実家の売却か、悩み多き里帰り。
真理選
改札口出て夕焼の方へゆく 暁子
民の血とメコン呑み込む大夕焼 和江
何ものか潜んでゐたる青田波 橙
青田を渡る波の勢いのある不穏さが伝わりました。
翠選
ハンカチに重さ感じる昼下がり 兵十郎
大夕焼束の間染めぬ汝がひとみ 輝子
応募句の葉書涼しき楷書かな 正信
選者にこう思わせる葉書の主になりたいです。
盛雄選
遠景に八ヶ岳抱く青田群 朱美
国境の海へと沈む夕焼かな 正信
青田行く風の足跡山目指す 言成
「風の足跡」がいい。「山目指す」で際立つ青田。
安廣選
砂日傘立てて日輪動き出す 正信
夕焼けの褪すれば父の帰る頃 輝子
海亀を追ふ息荒きシュノーケル 正信
海亀の激しい泳ぎを追う人のエネルギーを感じる。
遊子選
大船団やつて来さうな大夕焼 幹三
青田風ひとりバス待つ里帰り 和江
民の血とメコン呑み込む大夕焼 和江
変らぬメコンの大夕焼、対する国内の内紛悲劇の多き事。
乱選
ハンカチの行方運命暗転す 翠
踏み込めば恋でありしを月見草 眞知子
ハンカチに今日一日の疲れあり 幹三
ハンカチに疲れを見たところに独創性あり。
参加者自選句
ハンカチにふと母の香がよみがえる 朱美
牛鳴いて青田広がる加賀野かな 瑛三
恋文と汕頭ハンカチ玉手箱 和江
大夕焼ビル林立の町を呑む かな子
タクシーの窓の夕焼ビルに消ゆ 邦夫
落とされしハンカチ見ざる野暮男 言成
草丈のそろふ青田に雲の影 重雄
梅干して去年の事を思ふ昼 橙
佐比売野の闇と親しく月見草 太美子
保津峡を抜けて鉄路は青田中 輝子
ハンカチに重さ感じる昼下がり 兵十郎
風紋の風の記憶や月見草 昴
親友の通夜の帰りや夏の月 茉衣
動乱の天地焦がして夕焼くる 正信
ハンカチの刺しゅうの名前ややに褪せ
眞知子
涼風や臍を晒して眠る犬 真理
痛む腰反らし仰ぎぬ大夕焼け 翠
青き田に白鷺の立つ韻かな 盛雄
さやさやと生命を唄ふ青田風 安廣
葉桜に緩和病棟見舞ひたり 遊子
夕焼に見入りそれぞれ家路へと 乱
ひとこと 山田安廣
終息したと思われましたコロナ患者が又急増し始めました。そのためいつ世情が正常に復するのか、却って見えなくなってしまいました。
そこで、今回は平常時について考える事は一先ず棚に上げて、現在大変ご苦労をお掛けしています、会報係のお二方の負担軽減について話し合いました。皆さん大変積極的に参加して頂き、多くの建設的なご意見が寄せられました。主なご意見としては下記の通りです。
・出来る限り投句者の皆さんが選句に参加出来るようにしたい
・句会当日皆さんで清記し、選句するコロナ以前の形にしたい。それは会報係の負担軽減にもつながる
・そうすると、前日の負担は減るが句会後の作業が複雑にならないか
・以前のやり方で清記したものを、スマホでPDFに落とし投句者に送って選句する方法もある
・会報の印刷、発送の手間も馬鹿に出来ない
・第3者に作業の一部を委託すれば会報係の負担は軽減できる
・会報をデータで送り、必要なら各自で印刷すれば良いのではないか
この考えに対して出席者の殆どの方がデータで受ける事を受け入れる意向を示された
以上のような話し合いの後、次回まで各自よく考えて頂く事として、一旦解散する事としました。