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第641回 令和2年12月14日

 

兼題 冬の夜・鍋焼き(幹三)

   手袋・枯れしもの一切(暁子)

   当季雑詠  通じて五句

選者吟 

灼熱の鍋焼運び来る女        幹三

鴉から私の見える枯木立

窓開けし幅だけ冬の夜を入れぬ

手袋脱ぐひと日の疲れ脱ぐやうに   暁子

現実に触るるを怖れ手袋す

名園の今安らかや冬枯れて

選者選

幹三選​

枯蓮や影絡み合ふ池の底       正信

枯芝に寝転び仰ぐ空まさを      邦夫

手袋脱ぐひと日の疲れ脱ぐやうに   暁子

◎はやぶさの便りは火球冬の夜半    翠

枯葉踏む人それぞれに音色あり   兵十郎

鍋焼や道頓堀の人いきれ       邦夫

冬の夜をカプセル一途に戻り来る   朱美

鍋焼の半熟卵真ん中に         橙

◎星光る音のしさうな冬の夜     安廣

現実に触るるを怖れ手袋す      暁子

年惜しむ堅田千軒湖畔なる      遊子

鍋焼に息吹く子らの笑顔かな     盛雄

冬の夜探偵ポアロ饒舌に        橙

山用の君の手袋ぴつたりです      翠

枯薊棘なほ硬し骨の如        安廣

出ましたね祖母の明治の皮手袋    洛艸

やまんばの話は怖し冬の夜     かな子

◎しんしんてふ音を聞かばや夜半の冬  昴

ミトンの手ひろげ駆けくる子を抱く 太美子

脱ぎたての手袋の指まだ動く     暁子

冬の夜のコンサート後にグリュワイン 茉衣

◎枯茨するどき棘を失はず      輝子

◎期せずして皆一斉に鍋焼と      乱

名園の今安らかや冬枯れて      暁子

鍋焼の疵なき黄身を崩しかね     正信

節立てる手や手袋の小さすぎ     輝子

◎憤懣を語り鍋焼冷えてをり     輝子

胸に影告げられし日の冬木道    りょう

◎枯石蕗の残れる絮に風強き     輝子

枯山や山姥のごと彷徨へり       翠

冬の夜ベートーベンを口ずさむ     橙

枯蓮の陰の奥から鯉の息       正信

 

幹三特選句講評

・はやぶさの便りは火球冬の夜半    翠

 超長旅を終えた「はやぶさ2」を擬人化したくなる気持ちは分る。「便り」が泣かせる。今詠んでこそ、の句である。 

 

・星光る音のしさうな冬の夜     安廣

・しんしんてふ音を聞かばや夜半の冬  昴

 どちらも「無音の音」を言うことで、冬の夜の静けさを表現している。前句、「音のしてゐる…」とせずに「音のしさうな…」としたが、前者も面白そう。後の句、雪のオノマトペかとも思ったが、静かな夜の「音」であると解釈。どちらも寒夜の冴えの中に身を置いて感性を働かせた句。

 

・枯茨するどき棘を失はず      輝子

老齢となった自身のことか、あるいは他人のことか。机上で作られた句は観念的になりがちであるが、そこを巧みにすり抜けた達者の作と見た。句の余白の大きさが魅力。 

 

・期せずして皆一斉に鍋焼と      乱

 賑やかである。集まった人の顔や関係、さらにその日の寒さまでが伝わってくる。「俳句の妙味は軽み」である。

 

・憤懣を語り鍋焼冷えてをり     輝子

 前句から一変して重量を感じる句。しかしこの怒りの時間を鍋焼の冷め具合で計測しているところに軽さと救いがある。鍋焼の存在感がしっかりしている。

 

・枯石蕗の残れる絮に風強き                輝子

 花が散ってしまったあとの石蕗。そこを見るのが人である。さっと写生された句。こういう視点を持ちたいものである。

暁子選 

◎鍋焼の鍋の大きや侘び住ひ    兵十郎

枯蓮や影絡み合ふ池の底       正信

はやぶさの便りは火球冬の夜半     翠

枯れ草の中にランタナ何気なく    朱美

窓開けし幅だけ冬の夜を入れぬ    幹三

夜半の冬期待の流星降る原野      翠

◎冬の夜をカプセル一途に戻り来る  朱美

星光る音のしさうな冬の夜      安廣

鍋焼の奉行もいつか代替り     太美子

年惜しむ堅田千軒湖畔なる      遊子

落日や阿修羅の如き枯木立     りょう

しんしんてふ音を聞かばや夜半の冬   昴

◎鴉から私の見える枯木立      幹三

◎追ひだきをしますとの声冬の夜    翠

冬の夜砂漠にリュウグウ玉手箱    和江

◎冬薔薇病床からの車椅子      遊子

鍋焼を子どもの顔となりて吹く    幹三

作務太鼓響く早暁枯木立       和江

節立てる手や手袋の小さすぎ     輝子

◎胸に影告げられし日の冬木道   りょう

お天守の白の凝縮寒夜かな     太美子

猿山に落ちし手袋思案種       和江

隙間風自動換気とほくそ笑む     茉衣

枯葉集ひ枯山水に動きあり     兵十郎

鍋焼のカモ二切れの旨き店       乱 

 

暁子特選句講評

・鍋焼の鍋の大きや侘び住ひ    兵十郎

 鍋が大きいということはかつては何人もの家族がおられたのだろう。お一人かお二人になられた今もその鍋を使っておられる。お鍋を見ると、賑やかだった頃を思い出される…と私は解釈させて頂いたが、皆さんはどうだろう。

 

・冬の夜をカプセル一途に戻り来る  朱美

 暗い世の中での唯一明るいニュースだった。今しか理解されない句かもしれないが、今を詠むことも大切だ。「一途に」という言葉に、使命をおびて超長距離を走り抜く健気さを讃える作者の心情が読み取れる。

 

・鴉から私の見える枯木立      幹三

 私から見えるということは鴉からも私が見えるのではないかという、枯木立だからいえる逆転の発想。

 

・追ひだきをしますとの声冬の夜    翠

 私が若い頃はまだお風呂を薪で沸かしていた。追い焚きをしながら、浴室の外と中とで話を交わしたりした。この句の声は自動音声だろう。それでも冬の夜の浴室で、作者はその声を嬉しく思われたのだろうか、それとも味気なく?

 

・冬薔薇病床からの車椅子      遊子

 お元気な時は丹精こめて世話をしておられた庭かベランダの薔薇か、それとも公園の薔薇かもしれない。冬日和の日、病床から車椅子で移動、薔薇をご覧になることができた。

 

・胸に影告げられし日の冬木道   りょう

 突然投げかけられた不安。忘れられない日の冬木道。

 

互選三句

朱美選         

はやぶさの便りは火球冬の夜半     翠

枯蓮の尖る泥地の水の綺羅      正信

冬の夜ベートーベンを口ずさむ     橙

 今年は第九を歌えなかった。一緒に口ずさみます。

瑛三選         

鍋焼に息吹く子らの笑顔かな     盛雄

山用の君の手袋ぴつたりです      翠

冬の夜砂漠にリュウグウ玉手箱    和江

 炉辺の幸福。この私小説的なものが俳句の本質かも…。

和江選         

冬枯れの野の明るさよ出水鶴     盛雄

枯蓮の陰の奥から鯉の息       正信

星光る音のしさうな冬の夜      安廣

 張り詰めた透明な大気を感じました。

 

かな子選         

星光る音のしさうな冬の夜      安廣

憤懣を語り鍋焼冷えてをリ      輝子

鴉から私の見える枯木立       幹三

 非常に賢いカラスに樹上から見られている居心地の悪さ。

 

邦夫選         

冬の夜や無数の眠り抱く湖     眞知子

鏡台に母の手袋遺されし       盛雄

向かうまで欅並木の枯木立      言成

 晴れた冬の日の欅並木道は散歩に恰好。往復したくなる。

言成選         

窓開けし幅だけ冬の夜を入れぬ    幹三

冬の夜ベートーベンを口ずさむ     橙

鍋焼を子どもの顔となりて吹く    幹三

 早く冷まし、早く食べたい気持の入り混じった顔が浮かぶ。

 

橙選         

星光る音のしさうな冬の夜      安廣

冬の朝バス停に立つは沈黙      茉衣

灼熱の鍋焼運び来る女        幹三

 熱々の鍋焼を慣れた手つきで運ぶ気持ちの良さ。

太美子選         

鍋焼や道頓堀の人いきれ       邦夫

名園の今安らかや冬枯れて      暁子

はやぶさの便りは火球冬の夜半     翠

 時の話題をさりげなく上手に纏めておられるのが魅力。

 

輝子選         

窓開けし幅だけ冬の夜を入れぬ    幹三

冬の夜探偵ポアロ饒舌に        橙

雛巣立ちしや黄落のはじまりぬ   太美子

 落ち着いた晩秋の景。755のリズムが心地よい。

兵十郎選         

冬の夜や無数の眠り抱く湖     眞知子

星光る音のしさうな冬の夜      安廣

手袋脱ぐひと日の疲れ脱ぐやうに   暁子

 家に帰り手袋を脱ぐ時、仕事の疲れも脱いで楽になる。

昴選         

窓開けし幅だけ冬の夜を入れぬ    幹三

枯山や山姥のごと彷徨へり       翠

古きシャツ軒端に廃家冬ざるる   かな子

 冬待つ場所に古シャツのある廃家、侘しい冬の風物詩。

茉衣選         

足元を温めぐつすり冬の夜      言成

胸に影告げられし日の冬木道    りょう

枯葉踏む人それぞれに音色あり   兵十郎

 さくさく言う音も老若男女により重々しくも軽やかにも。

正信選         

窓開けし幅だけ冬の夜を入れぬ    幹三

枯欅絡めとつたる昼の月        昴

鴉から私の見える枯木立       幹三

 視点の逆転が新鮮。下五の枯木立が良く見える。

眞知子選         

鴉から私の見える枯木立       幹三

名園の今安らかや冬枯れて      暁子

枯萩を刈り洞ろなるひとところ   太美子

 洞ろなると表現したことで景色と思いがぐっと強く届いた。

翠選         

鍋焼の鍋の大きや侘び住ひ     兵十郎

枯蓮の陰の奥から鯉の息       正信

猿山に落ちし手袋思案種       和江

 うわーっ。大変!飼育員さ~ん!…続き知りたいです。

盛雄選         

追ひだきをしますとの声冬の夜     翠

冬薔薇病床からの車椅子       遊子

枯蓮の陰の奥から鯉の息       正信

 「鯉の息」でパクパクする鯉が見え、リアルで面白い。

安廣選         

鍋焼の鍋の大きや侘び住ひ     兵十郎

胸に影告げられし日の冬木道    りょう

窓開けし幅だけ冬の夜を入れぬ    幹三

 真暗な夜が窓の幅だけ入って来た。実感ある新鮮な表現。

 

遊子選         

窓開けし幅だけ冬の夜を入れぬ    幹三

なほ思ふ片手袋の行方かな      暁子

鍋焼の奉行もいつか代替り     太美子

 奉行に見たてて鍋料理を仕切る団欒の座が微笑ましい。

洛艸選         

枯蓮や影絡み合ふ池の底       正信

枯薊棘なほ硬し骨の如        安廣

枯蔦のまとはる空き家すがれゆく  眞知子

 空き家のすがれ行く様を枯蔦が訴える。

乱選         

冬枯れの野にたそがるる我が身かな かな子

作務太鼓響く早暁枯木立       和江

冬の夜や無数の眠り抱く湖     眞知子

 冷たい冬の夜の湖が生き物を眠らせ、暖かくも育む。

りょう選         

枯れ野今秘めし思ひを風に乗せ   眞知子

手袋は編むにむづかし恋心     かな子

枯葉踏む人それぞれに音色あり   兵十郎

 フランク永井の「公園の手品師」の音色が聞こえてきます。

参加者自選句

冬の夜をカプセル一途に戻り来る   朱美

鍋焼うどんふうふう吹いて初デート  瑛三

冬の夜砂漠にリュウグウ玉手箱    和江

やまんばの話は怖し冬の夜     かな子

鍋焼や道頓堀の人いきれ       邦夫

鍋焼に眼鏡曇らせ乾杯す       言成

左手にぶら下がつてる手袋よ      橙

枯萩を刈り洞ろなるひとところ   太美子

憤懣を語り鍋焼冷えてをり      輝子

枯葉集ひ枯山水に動きあり     兵十郎

しんしんてふ音を聞かばや夜半の冬   昴

冬の朝バス停に立つは沈黙      茉衣

枯蓮や影絡み合ふ池の底       正信

枯れ野今秘めし思ひを風に乗せ   眞知子

追ひだきをしますとの声冬の夜     翠

冬枯れの野の明るさよ出水鶴     盛雄

枯薊棘なほ硬し骨の如        安廣

冬薔薇病床からの車椅子       遊子

枯菊や父の丹精消え失せて      洛艸

枯萩や短冊いつか外されて       乱

胸に影告げられし日の冬木道    りょう

 

弔句 須賀洋一様(令和2年12月4日)

An die Freude シラー読み継ぐ冬日向 暁子

君の句のすべてに共感冬の夜     朱美

友や逝く殯の夕べ虎落笛       瑛三

過ぎしこと光になしし石蕗の花    和江

またひとり句友の逝きて冬銀河   かな子

穏和なる友の発ちたり冬の奈良    邦夫

初鏡みることもなく逝かれけり    言成

やはらかに握手せしこと冬ぬくし    橙

あらためて句集に偲ぶ冬日和    太美子

第九歌ひ君逝かれしや冬銀河     輝子

ミサ聴いてくれし面影年惜む    兵十郎

暖かな微笑み去りぬコロナの冬     昴

君逝きて静まり果てつ冬の海     茉衣

シュトルムの湖の凍てつく訃報かな  正信

冬ぬくし文学談義ごゆるりと    眞知子

冬の虹消ゆ穏やかな笑み残し     幹三

新星やISS巡る冬空         翠

島晴れの海逝く君の雲高し      盛雄

佳き人の笑顔を送る冬の月      安廣

俳人の訃報続くや君もまた      遊子

先立たれ悔やむことばも無き師走   洛艸

山茶花の咲き継ぐ中をゆき給ふ     乱

旅立ちしゲルマニストへ冬銀河   りょう

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