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第637回 令和2年8月17日

6月ならびに7月の例会と同じ方式で「3密」を避けつつ大阪俱楽部で行われました。今回は初めて投句者にも一句の選と評をして頂くこととしました。

兼題 燈籠・法師蝉(幹三)

   立秋・芙蓉(暁子)

   当季雑詠 通じて八句

 

選者吟 

今朝秋の運河に魚群入りけり     幹三

さあ始めますとばかりにつくつくし

許し給へ芙蓉のかげに立ち聞きす

記憶より小さき山門法師蝉      暁子

燈籠や生身の人に逢へぬ日々

白芙蓉明日は去りゆく母の許

 

幹三選

ぼやぼやと玉の流るる盆灯籠      橙

◎庭に置く鉄燈籠を灯す宵      言成

◎庭の木のいつもあそこで法師蝉  眞知子

◎記憶より小さき山門法師蝉     暁子

太宰府の反り橋高き芙蓉かな     盛雄

盛り上げてすとんと落とす法師蝉   邦夫

燈籠の僧の頬髭照らしをり      邦夫

一条の立秋流る切通し         乱

白芙蓉ふんわり咲いて暮れ残る   眞知子

門出て空気の軽さ秋立ちぬ      安廣

燈籠の淡きみづいろ父母の色     邦夫

◎透き通る腹反り上げて法師蝉   兵十郎

空蟬の乾ききつたるビルの壁     正信

風立ちて梵字揺れたる絵燈籠     盛雄

つくつくし呼べど遊びの子は夢中  かな子

◎山寺や出口ばかりの蟬の穴     正信

病む人に一ト日安かれ今朝の秋   太美子

滝水の千手のごとく砕け散る     遊子

法師蝉昨日は裏の杜に居て     兵十郎

◎盆提灯ひろげて丸き火をつくる    橙

立秋や海辺の墓地の荒き風      邦夫

法師蝉読書感想文は未だ      太美子

荷車に汽車追ひつけぬ走馬燈     正信

立秋の山は未だに猛々し      兵十郎

◎山寺の上には上の法師蝉      洛艸

燈篭の辺りの闇のいよよ濃し     安廣

 

 

幹三特選句講評

 

・庭に置く鉄灯籠に灯す宵      言成

 ふだんは庭のアクセントとして置かれている灯籠だが今宵は彼の世の人のために灯される。庭の趣も今宵は別ものである。

 

・庭の木のいつもあそこで法師蟬  眞知子

 毎年同じ木で鳴き始める法師蝉。ああまたかと思いつつ、秋の訪れを感じる。考えるに、来年蝉となる幼虫が地下で準備しているのではないか。

 

・記憶より小さき山門法師蟬     暁子

 取り合わせがとてもいい。子どもの時の記憶、古びた山門、そしてつくつくぼうし。瞬間を切り取り、なおかつ長い時間を言う。これが俳句だと思う。

 

・透き通る腹反り上げて法師蟬   兵十郎

 「反り上げて」とはよく言った。全身を使って鳴く蝉の句は、時々見かけるが、作者の観察により他と一線を画す深い活写となった。

 

・山寺や出口ばかりの蝉の穴     正信

 諧謔。俳味。軽さ。俳句はこうありたいもの。今月のベストオブベスト。「山寺や」という打ち出しも効果を上げている。

 

・盆提灯ひろげて丸き火をつくる    橙

 「丸き火」というデッサンがいい。迎えられ、送られる御霊にやさしい形である。ふわーっとした動きも見えてくる。

 

・山寺の上には上の法師蟬      洛艸

 そっけない作りがとてもいい。言い捨てたような句の中に山寺のシチュエーション、森の深さが見えてくる。枯淡の味わいとも。

暁子選

彼の地へと急ぎし友や白芙蓉     和江

紅芙蓉はかない日々をはなやかに   茉衣

庭の木のいつもあそこで法師蝉   眞知子

◎バス停に残る夕日や法師蝉     安廣

青空に貼絵のやうな芙蓉かな     安廣

◎旅立ちの車の整備今朝の秋     洛艸

激つ瀬や岩の裂目に桐一葉      正信

秋立つや孫の工作頼まれて      和江

耳になほ残るあの日の蝉時雨     遊子

家族旅終へて独りの今朝の秋      翠

門出て空気の軽さ秋立ちぬ      安廣

燈籠の淡きみづいろ父母の色     邦夫

空蟬の乾ききつたるビルの壁     正信

◎法師蟬余命知りたる母の黙     輝子

ときめきし心はるけし白芙蓉      昴

貼紙のピンの外れし残暑かな     幹三

滝水の千手のごとく砕け散る     遊子

◎法師蝉読書感想文は未だ     太美子

代々の下戸の家系や酔芙蓉      洛艸

◎樹に年輪我に思ひ出晩夏光     遊子

許し給へ芙蓉のかげに立ち聞きす   幹三

湖に低き波あり白芙蓉        幹三

そつと咲きそつと萎るる芙蓉かな   邦夫

暁子特選句講評

 

・旅立ちの車の整備今朝の秋     洛艸

 旅に出る、或いは仕事か、とに角長距離を走るため、車の整備をしておられる。旅立ちの昂りの中、ふっと立秋の風を感じられた。実際にはまだ暑いとはいえ、立秋は夏から秋への一つの区切りであり、始まりである。それとご自分の生活を重ねられた。

 

・法師蝉余命知りたる母の黙     輝子

 蝉は命のはかなさの象徴、それと余命を知っておられる母上と結びつけるのは、いわゆる「つきすぎ」かもしれない。蝉ははかなさを精一杯の声で表し、一方母上は黙。この対比も意識的であると思う人もあるかもしれない。しかし私はこの句からしみじみとした情感を得た。

 

・法師蝉読書感想文は未だ     太美子

 私も子供の頃、つくつくぼうしが鳴き出すと、夏休みが終わることを感じて、悲しかった。この子はその上宿題の中の一番苦手で最後まで残していた読書感想文を何とかしなければならないのだ。

・バス停に残る夕日や法師蝉     安廣

 蝉の声が聞こえるのであれば、田舎か、町はずれで、バスの本数もそんなにないだろう。残暑の厳しかった一日。日中の暑さは少しましになったが、屋根のない、あってもほんの小さな屋根しかないバス停に、西日は容赦なく照りつける。法師蝉は作者を慰めたのか、それとも暑さをいや増したのか。芭蕉の「あかあかと日はつれなくも秋の風」を思った。

 

・樹に年輪我に思ひ出晩夏光     遊子

 大きな切株をご覧になっての感慨か。長い年月の間に、自分という芯の廻りを思い出が年輪のように取り巻いていった。それが自分の人生であったのだと、夏の終わりの光の中で思われたのだろう。「晩夏」は七月の季題であるが、夏の衰えは人間の晩年を思わせるので、この句に合っているように思う。

互選三句

邦夫選         

紅芙蓉はかない日々をはなやかに   茉衣

炊飯の湯気噴き上がる今朝の秋    正信

花燈籠優しく迎へ送りけり       翠

 盂蘭盆の行事を素直に簡潔に詠んだ韻律のよい句。

輝子選         

さあ始めますとばかりにつくつくし  幹三

荷車に汽車追ひつけぬ走馬燈     正信

法師蝉読書感想文は未だ      太美子

 一週間かかってまだ三行。夏休み後半の悪夢。

兵十郎選         

祖母の手の中でつくつく法師鳴く    橙

山寺や出口ばかりの蟬の穴      正信

湖に低き波あり白芙蓉        幹三

 湖の波は青ではなく白であろう。気付くと岸辺に白芙蓉。

正信選         

透き通る腹反り上げて法師蝉    兵十郎

灯をいれて名馬走らす影灯籠     輝子

記憶より小さき山門法師蝉      暁子

 記憶よりも小さな山門。大きな蝉の声。懐かしき景。

翠選         

記憶より小さき山門法師蝉      暁子

バス停に残る夕日や法師蝉      安廣

貼紙のピンの外れし残暑かな     幹三

 ピンが外れてたれ下がった貼り紙。暑さに疲れたかのよう。

安廣選         

法師蟬余命知りたる母の黙      輝子

師を慕ひ登り窯には土燈籠      和江

寒蝉や知覧祈りの魂鎮め       盛雄

 蝉と知覧より飛んだ兵の宿命を重ねる我々の思いを込めて。

 

 

投句者選一句

朱美選         

記憶より小さき山門法師蝉      暁子

 誰もが経験する時の推移と変わらぬ蝉との組合せが抜群。

瑛三選         

貼紙のピンの外れし残暑かな     幹三

 中々句に出来ないところをうまく句にされた。

和江選         

湖に低き波あり白芙蓉        幹三

 低い波に季節の移ろいを、白芙蓉に爽やかさ寂しさを。

かな子選         

今朝秋の運河に魚群入りけり     幹三

 「きっぱりと秋が来た」という情景が鮮やかな良句。

言成選                

山寺や出口ばかりの蟬の穴      正信

 蝉の穴に入口はない。自明のことを句にされた。

橙選         

貼紙のピンの外れし残暑かな     幹三

 貼り紙の端がくるりと巻き上がっている景が浮かびます。

太美子選         

一条の立秋流る切通し         乱

 思わず「秋!」と諾う風がひとすじ心の中を流れました。

昴選         

山頂に朽ちし慰霊碑秋立ちぬ      翠

 一本の棒だけの碑か、風が一層無念と鎮魂の念を深める。

茉衣選         

所在なき自粛の夕べ酔芙蓉      瑛三

 普段見過ごしている芙蓉の色の変化に心休まる自粛の日。

眞知子選         

祖母の手の中でつくつく法師鳴く    橙

 法師蝉の声によみ返る遠い夏の日の記憶、鮮やかに。

盛雄選         

法師蝉長く尾を引き鳴きやみぬ    言成

 素にして清々しい。蝉声の高まりと終息の余韻がいい。

遊子選         

島宿の下駄に焼印涼新た       幹三

 漁村の民宿。下駄の焼き印は船名の屋号かな。時はもう秋!

洛艸選         

家族旅終へて独りの今朝の秋      翠

 独り居の朝。立秋の感銘増か。

乱選         

花芙蓉形見の帯の寂びた色     かな子

 芙蓉は控え目な一日花、形見の帯に寂しくもよく似合う。

りょう選         

ほんとうの秋はいつごろ秋立つ日   瑛三

 秋を待ち侘びる心情が、ユーモアと共に伝わります。

 

参加者自選句

芙蓉の字亡き友の顔浮かびくる    朱美

所在なき自粛の夕べ酔芙蓉      瑛三

燃え尽きぬ夏を啼ききる法師蝉    和江

花芙蓉形見の帯の寂びた色     かな子

気を引いてひとりらうらう法師蝉   邦夫

庭に置く鉄燈籠を灯す宵       言成

立秋の風を仔犬の顔に受く       橙

病む人に一ト日安かれ今朝の秋   太美子

法師蟬余命知りたる母の黙      輝子

法師蝉昨日は裏の杜に居て     兵十郎

在りし日の父の得意の絵燈篭      昴

八月はわが月なりと八十年      茉衣

炊飯の湯気噴き上がる今朝の秋    正信

白芙蓉ふんわり咲いて暮れ残る   眞知子

家族旅終へて独りの今朝の秋      翠

球磨川は天の篝火盂蘭盆会      盛雄

青空に貼絵のやうな芙蓉かな     安廣

樹に年輪我に思ひ出晩夏光      遊子

素つぴんでそつと塵出す今朝の秋   洛艸

昼深む佳人ほんのり酔芙蓉       乱

ままごとや少女の髪に白芙蓉    りょう

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