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第644回 令和3年3月15日

 例会はコロナによる緊急事態宣言が解除されたため4カ月振りに大阪俱楽部で行われました。昨年11月の例会同様会員の投句で世話人が作った清記一覧表を材料にしました。

兼題 春意・干鰈(幹三)

   春障子・畑打(暁子)

   当季雑詠  通じて8句

 

選者吟 

説き伏せるやうに畑打つ男かな    幹三

どの路地も似てをり鰈干してをり 

海風に反りの揃うて干鰈

畑打つや時どき土と話しつつ     暁子

鳥影のしきりに過る春障子

春障子開けて一人の昼餉かな

 

幹三選

大声を出しさうな口干鰈      太美子

畑打つや時どき土と話しつつ     暁子

春意ほのと欠伸の犬の細長く      橙

◎返事まで少し間のある春障子    和江

畑打や取り巻く民家音もなく     朱美

独り居や細火で焼ける干鰈      輝子

◎干鰈瀬戸の日を浴ぶ色となり   兵十郎

久びさの句会の部屋に充つ春意    暁子

春障子庭木の影のまた増えて      翠

やうやつと山懐に春意あり      邦夫

一滴の醤油に香る干鰈        安廣

◎早起きの祖母の身支度春障子     橙

春ごころ五時のカリオンのびやかに  輝子

◎田翁の吐く息長く畑打つ      正信

稜線の崩れ春意の雨催ひ        翠

◎春ごころ夕刊庭で読んでをり    輝子

眠り入るとき空白く春の雷       橙

拝殿に満つる春意や緋の袴      安廣

春障子開けて一人の昼餉かな     暁子

陽光や客の開けたる春障子      邦夫

山焼きやこの深山にも人の住む    遊子

◎干し物の影のゆらぎも春ごころ  かな子

人声の近づいて来る春障子      暁子

春障子虫影弾む二つ三つ       安廣

防潮堤聳ゆる浜の斑雪        正信

◎干鰈顔の辺りのほの見えて      橙

ショーウィンドー暖色溢ふれ春愉し りょう

ランドセル散らかる土手の春意かな  正信

春障子さらりと引けば空淡し     安廣

畑打ちて日を入れ軽き土となり     橙

鳥影のしきりに過る春障子      暁子

見はるかす三川の景春ごころ    太美子

畑打ちの鍬軽々と土を割る     兵十郎

 

幹三特選句講評

・返事まで少し間のある春障子    和江

 外から声をかけたら返事が遅かった。居眠りをしていたのか、何かに気をとられていたのか。それは句の余白。春のぼんやり気分が伝わる。

 

・干鰈瀬戸の日を浴ぶ色となり   兵十郎

おいしそうである。香りや反り具合ではなく色に注目したところがよかった。「瀬戸の日浴びし色となる」と言い切ってしまいたい。

 

・早起きの祖母の身支度春障子     橙

 無駄なく素早く静かに身支度をしていく祖母。凛とした美しさがある。春障子を通した繊細な明るさとの取り合わせが成功した。

 

・田翁のはく息長く畑打つ      正信

 労働に疲れて吐く息というだけではなさそうだ。その呼吸には老人の来し方、暮らしの長さが刻まれているのであろう。

 

・春ごころ夕刊庭で読んでをり    輝子

・干し物の影のゆらぎも春ごころ  かな子

 誠に軽やかな2句。日常の暮しのちょっとした変化に「春意」「春心」を見つけたのである。1句目は春の宵であり、空間と余裕ある時間が見える。2句目は光と風と洗濯物の白さ、作者の上機嫌。俳句は軽み、改めて思い知った。

 

・干鰈顔の辺りのほの見えて      橙

 少し前まで海底に棲んでいた魚である。今や一枚のタンパク質になりつつある鰈であるが、貌のあった辺り、眼球があった辺りにその形跡が残っており憐れとも思うのである。

 

暁子選

干鰈主菜になれぬ身の薄さ      輝子

大声を出しさうな口干鰈      太美子

海風に反りの揃うて干鰈       幹三

春意ほのと欠伸の犬の細長く      橙

◎返事まで少し間のある春障子    和江

畑打や取り巻く民家音もなく     朱美

干鰈瀬戸の日を浴ぶ色となり    兵十郎

春障子小さき指の穴一つ       朱美

◎どの路地も似てをり鰈干してをり  幹三

◎一滴の醤油に香る干鰈       安廣

終戦後学者の父も畑打ちを       乱

早起きの祖母の身支度春障子      橙

春心押し広げたりこぬか雨     兵十郎

海風と日射しに眠る干鰈       邦夫

灯を点す島の教会春障子      兵十郎

切貼りの子猫の踊る春障子      正信

説き伏せるやうに畑打つ男かな    幹三

稜線の崩れ春意の雨催ひ        翠

山に入り春意の中を泳ぎけり      昴

◎春障子開けて光の海となる     輝子

濡れ縁に人の居るらし春障子      昴

◎畑打ちぬ除染区域の杭を背に   兵十郎

石跳びて渡る水路の春意かな     幹三

春障子自粛蟄居のまだ続く      言成

暁子特選句講評

・返事まで少し間のある春障子    和江

 句会の後の話し合いの時、兵十郎さんは、部屋の中から外の人を呼んでいる様子であるといわれた。成程と思った。私は反対に、障子の外から声をかけている情景を思っていた。部屋の中にいるのは、病人か老人か、若者であれば居眠りをしていたか、読書などに夢中になっていたか、それで少し返事が遅れたのだと思った。作者はどちらの情景を描かれたのであろうか。どちらにしても、のんびりとした春らしい感じが描かれている。

 

・どの路地も似てをり鰈干してをり  幹三

 漁師町はよく似た家が路地を挟んで並んでいる。それぞれの暮らしぶりも似ているのだろう。「をり」のリフレインも似ている様を思わせる。

 

・一滴の醤油に香る干鰈       安廣

 焼いたとは書かれていないが、わたしは焙ったところへじゅっと一滴お醤油をかけた時に立つ香りを思った。いかにも美味しそうだ。

 

・春障子開けて光の海となる     輝子

 冬の季題の「障子」との違いが見事に描かれている。

 

・畑打ちぬ除染区域の杭を背に   兵十郎

 3月11日を中心に新聞やテレビで10年前のあの日の特集が組まれた。その一場面かもしれない。被災された農家の方々の無念さを思う。

 

互選三句

邦夫選         

海風に反りの揃うて干鰈       幹三

返事まで少し間のある春障子     和江

田翁の吐く息長く畑打つ       正信

 畑打は老農には辛い仕事、実りへの期待があればこそ。

        

橙選         

海風に反りの揃うて干鰈       幹三

艶やかな白き腹見せ干鰈      兵十郎

春障子映れる影の佳人らし      暁子

 春の障子の向こうで楽しそうに何かしている様子を見た。

輝子選         

薔薇の芽の紅きはじまり生まれをり   橙

鳥影のしきりに過る春障子      暁子

金屏にやはらかき陽よ春障子    太美子

 人生に何度もないおめでたい情景。どうかお幸せに。

兵十郎選         

朝の庭春意拾ふを日課とす       乱

春障子開けて光の海となる      輝子

返事まで少し間のある春障子     和江

 障子を開けて光を、と声をかけたのは床に伏した吾か。

正信選         

畑打の農夫バベルの塔くだく     盛雄

物件となりし屋敷の桃の花      遊子

春障子開けて光の海となる      輝子

 光の海との表現により家全体を照らす陽光が眼前に浮かぶ。

 

翠選         

返事まで少し間のある春障子     和江

畑打ちに声かけて菜を貰ひけり    言成

ランドセル散らかる土手の春意かな  正信

 春は道草の季節、土手の上から子供達の声が聞こえそう。

 

安廣選         

半年てふ小さき未来に畑を打つ     翠

春障子開けて光の海となる      輝子

畑打ちて日を入れ軽き土となり     橙

 耕して土が軽くなった喜びを「日を入れた」と表された。

投句者選一句

朱美選         

物件となりし屋敷の桃の花      遊子

 残された花の美しさが去った人の心残りを伝えている。

瑛三選         

卒業の朝ルージュ引く晴れやかさ  りょう

 いざ出発、自由な世界へ。爽やかな佳句。    

和江選         

媼より翁の寂し干鰈         暁子

 寂しさは媼より翁が深いのだろう、干鰈は知っている。

かな子選         

畑打ちぬ除染区域の杭を背に    兵十郎

 除染区域を示す杭。畑打つ農夫の複雑な思いがにじむ。

言成選         

一滴の醤油に香る干鰈        安廣

 醬油の香りが美味しそうな五感に訴える佳句。 

太美子選

        

久びさの句会の部屋に充つ春意    暁子

 欠席者には羨ましい「春」を諾う和やかな風景が見える。

昴選         

畑打つ土のうねりに風匂ふ      安廣

 盛り上がりうねる土の匂いが風の匂いになっていく畑打ち。

茉衣選         

物件となりし屋敷の桃の花      遊子

 空家となって暗く寂しい庭に桃色が点じる美しさ。

眞知子選         

海風に反りの揃うて干鰈       幹三

 小さな漁港のある集落のこの季節の風景が浮かびます。

盛雄選         

春障子開けて光の海となる      輝子

 明快にして春到来の明るさに満ちた佳句である。

遊子選         

早起きの祖母の身支度春障子      橙

 春障子はさながら影絵。達者な動作が伝わってきます。

乱選         

はにかみを大気に灯す梅一輪     盛雄

 「はにかみ」と「灯す」が内気な梅の開花にぴったり。

りょう選         

春障子開けて光の海となる      輝子

春の光の束が差し込む希望の情景が見えます。

参加者自選句

春障子小さき指の穴一つ       朱美

ところどころ花形散らし春障子    瑛三

干鰈に熱々の茶酔いの朝       和江

切り貼りは祖母の手仕事春障子   かな子

畑打や土のほどよく砕けたる     邦夫

空晴れて休耕田に土筆摘む      言成

眠り入るとき空白く春の雷       橙

見はるかす三川の景春ごころ    太美子

畑打ちて少し晩酌過ごしけり     輝子

被災地の土持ち帰り畑を打つ    兵十郎

畑鋤くや牛の目染める海の青      昴

陽光に晒され白き春障子       茉衣

切貼りの子猫の踊る春障子      正信

春情の醸すひとつに恋心      眞知子

海遠き我が故郷や干し鰈        翠

渦潮をしづめる瀬戸の春意かな    盛雄

新刊を開けば春の匂ひ立つ      安廣

山焼きやこの深山にも人の住む    遊子

開け閉ざす明るさ二つ春障子      乱

ショーウィンドー暖色溢ふれ春愉し りょう

 

阪本ゆたか様を悼む

         令和2年12月29日

白梅に厳しきお顔ほころびぬ     暁子

凍返る夜大先輩の訃をききし     瑛三

年の暮子規を慕ひし翁の逝く     邦夫

花待たずゆるりと天寿終へられし   言成

白梅や天上句会に急かれしや    太美子

穏やかな微笑の記憶梅散りぬ     輝子

一輪の梅に香のあり兄惜しむ    兵十郎

春待たず逝きし静かな背を偲ぶ   眞知子

凛と立つ御姿にもう会へぬ春     幹三

大樹ひそと倒れしとの報春寒し     翠

物静か早梅待ちて逝き給ふ       乱

凍星や待兼の兄逝かれしと      嵐耕

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