待兼山俳句会
第635回 令和2年6月15日
4カ月振りに大阪俱楽部で行われました。コロナの収束が未だ完全ではない中、前日までに参加者に投句して頂くなど、いわゆる「3密」を避けて実施されました。
兼題 夏燕・陶枕(幹三)
蜘蛛・植田(暁子)
選者吟
白き根のしづかに伸びてゆく植田 幹三
どくどくと湯の湧く町の夏つばめ
船虫のもう海に出ぬ船に棲む
縁側に陶枕ありて主留守 暁子
陶枕に描かれし山河藍の濃く
蜘蛛の囲のことなく夜の明けにけり
幹三選
陶枕や山水の景藍あせず 眞知子
◎ふくろ蜘蛛引き出す兄の息遣ひ 兵十郎
縁側に陶枕ありて主留守 暁子
夏服を脱げば父似の肋かな 正信
首筋に快く沿ふ陶枕 言成
真四角の植田に雨の降りそそぐ 橙
◎縁側に陶枕二つ転がれり 邦夫
城壁のくぼみに憩ふ夏燕 兵十郎
鬱々と糸吐く蜘蛛を見つめをり 輝子
陶枕の硬きに祖父の人想ふ 安廣
◎愚痴のやうに独りごちたる夏燕 輝子
◎陶枕や藍深ければよき睡り 兵十郎
◎青田どこまで湖の青空の青 瑛三
蜘蛛の巣を揺らし噴煙桜島 正信
◎千枚の植田に夜の空の黙 太美子
夜の蜘蛛馴染みとなれば愛称も 翠
まろやかに使ひ込まれて籐枕 かな子
テレワーク見上し窓に夏燕 安廣
いささかの眠りで覚めぬ陶まくら 太美子
◎その果てに近江富士あり植田澄む 洛艸
白深き十薬に雨かかりをり 橙
◎夕暮れて植田に届く笑ひ声 翠
縦横(タテヨコ)に風の吹くなり植田水 昴
雨上がる光の幾何を蜘蛛の網 和江
樹樹の間の蒼天に張る蜘蛛の網 暁子
田を掠め天を掠めて夏燕 乱
水煙へ飛び込み行くや岩燕 兵十郎
幹三特選句講評
・ふくろ蜘蛛引き出す兄の息遣ひ 兵十郎
幼き頃の回想句は独りよがりになりがちですが、この句には臨場感があります。みんなが経験したあのそーっと引っ張る感覚が共有されるのですね。
・縁側に陶枕二つ転がれり 邦夫
風景も時間もすべて余白です。表現も実に陶枕らしい。この縁側での人の暮しが見えてきます。省略の成果と言えます。
・愚痴のやうに独りごちたる夏燕 輝子
燕は飛んでいるところが句になりがちですが、ここでは鳴き声。確かに「ジュジュルジュルジュル」と不満のありそうな鳴きようです。同感しました。
・陶枕や藍深ければよき睡り 兵十郎
陶枕らしい爽やかな句です。「藍」「深(ければ)」「睡り」と言葉の配列も見事。陶枕に描かれた絵の句は多く見ますが、色だけに絞って成功しました。
・青田どこまで湖の青空の青 瑛三
近江の景でしょうか。句またがりがいい効果を出しました。三つの「青」が眼前から遠景へそして空へと、その広いこと広いこと。
・千枚の植田に夜の空の黙 太美子
晴れわたった空、全天に輝く星が植田に映っています。静かな里の風景です。字面から千夜一夜物語を連想しました。
・その果てに近江富士あり植田澄む 洛艸
この句も近江。形のよい山が景を整えています。魅力的なのは「その果てに」という打ち出し。そして「澄む」…まことによき日和であります。
・夕暮れて植田に届く笑ひ声 翠
豊かな実りの準備が整った安堵感でしょうか。家々に灯り始めた灯りも見えてきます。弥生の昔にも、きっと人は上機嫌であったことでしょう。
暁子選
陶枕や山水の景藍あせず 眞知子
四方の山映し風生る植田かな 翠
クモの巣に朝露光る八ヶ岳 朱美
陶枕夢に西施も楊貴妃も 瑛三
縁側に陶枕二つ転がれり 邦夫
城壁のくぼみに憩ふ夏燕 兵十郎
夕風にさざなみ立ちて植田かな 太美子
さざなみの田水に映る子の新居 輝子
手術終へシーツの白さ夏燕 安廣
◎陶枕や藍深ければよき睡り 兵十郎
日々育つ植田の苗の勢ひかな 言成
船虫のもう海に出ぬ船に棲む 幹三
蚤の市隅に転がる古陶枕 輝子
留守すれば同じ蜘蛛また巣を作り 邦夫
象潟や植田に島を浮かばせて 兵十郎
まろやかに使ひこまれて籐枕 かな子
◎夏燕日暮ひときは急ぎ飛ぶ 眞知子
◎上を飛ぶものみな映る植田かな 幹三
夏つばめモスクの庭に翻り 正信
雨上がる光の幾何を蜘蛛の網 和江
◎昼食終へ陶枕提げてうろうろと 洛艸
植田抜け一本道や飛鳥へと 輝子
◎田を掠め天を掠めて夏燕 乱
暁子特選句講評
・陶枕や藍深ければよき睡り 兵十郎
陶枕には大抵中国の山水や仙人の絵が描かれている。その藍色の深さを詠まれた。
・夏燕日暮ひときは急ぎ飛ぶ 真知子
燕の飛び方はいかにもせわし気であるが、特に夕暮は人間の忙しさに合わせるように、せわしく行き交っている気がする。
・昼食終へ陶枕提げてうろうろと 洛艸
クレープのシャツとすててこ姿の昭和のお父さん、ひとときの午睡をたのしもうと、家の中の一番涼しいところを探してうろうろと。
・上を飛ぶものみな映る植田かな 幹三
植田は周りの風物や畦に立つ人影を映すが、そういわれれば様々なものが空をゆき、それらすべてを映している。
・田を掠め天を掠めて夏燕 乱
直線や急カーブを描く燕の、元気のよい飛翔を大きなスケールで描かれた。
互選三句
邦夫選
どくどくと湯の湧く町の夏つばめ 幹三
夏燕日暮ひときは急ぎ飛ぶ 眞知子
頼まねど留守の戸口に蜘蛛は囲を 瑛三
私は田舎に家があるので、行ってみると戸口に蜘蛛がいる。追い払うのだが次に行くとまた巣を張っている。蜘蛛が空家であることを知らせてくれているのに、ポストにはマスクが二枚入っていました。
橙選
夏服を脱げば父似の肋かな 正信
生まれ家の更地となりて夏燕 正信
手術終へシーツの白さ夏燕 安廣
子育てを終えた親燕のすっきりした感じと、手術の終わった後の気持ち良い感じ、それに加えてシーツの白さ、燕のお腹の白さが重なり、爽やかな感じがよく出ていたと思う
輝子選
山彦のきれいな谷の夏つばめ 幹三
陶枕や天井板の日本地図 邦夫
真っさらな空と琵琶湖と植田かな りょう
非常によく似た状況を詠まれた句があり、どちらが良いか迷うところだが、この句はポンポンポンと初夏の景を並べてとても気持ちのよい句だと思った。
兵十郎選
蜘蛛の囲の今朝も繕ひ終へてあり 太美子
植田抜け一本道や飛鳥へと 輝子
陶枕静かに今日の日記置く 盛雄
どなたもとっておられないが、陶枕のひんやりした感じと、今日の一と日が終わってしずかに日記を閉じる感じが、よくあっていると思う。
正信選
船虫のもう海に出ぬ船に棲む 幹三
田を掠め天を掠めて夏燕 乱
ふくろ蜘蛛引き出す兄の息遣ひ 兵十郎
ふくろ蜘蛛を引き出す兄のそばにいる、「息遣ひ」にその臨場感がよく出ていると思う。
眞知子選
陶枕夢に西施も楊貴妃も 瑛三
単調な籠りの日々や七変化 遊子
またしても蜘蛛の囲かかる庭木かな 言成
蜘蛛はどこにでも巣を張るのではなくて、庭木の巣をとってもまた同じ所に張るもの。何回か経験のある人の句だと思い同感した。実際の感じがよみがえった。
翠選
真っさらな空と琵琶湖と植田かな りょう
千枚の植田上より色を変へ 兵十郎
ふくろ蜘蛛引き出す兄の息遣ひ 兵十郎
真っさらな空と琵琶湖と植田かな もよかったが、すでに発言があったのでふくろ蜘蛛の句にする。ふくろ蜘蛛をそっと引き出す兄をそばで見ている感じが面白いと思う。
安廣選
ふくろ蜘蛛引き出す兄の息遣ひ 兵十郎
我が指に蜘蛛這ふ脚の運びかな 幹三
木星と月と青田は指呼の間 乱
選者の句を評するのは気が引けるのでこの句を。天体と青田という随分離れたものを一つの景色と捉えられた所が大変ユニークです。それと共に非常に透明感のある句で、爽やかなお句と拝見しました。
参加者自選句
クモの巣に朝露光る八ヶ岳 朱美
青田どこまで湖の青空の青 瑛三
夏燕未定の予定運び来る 和江
ふるさとは植田に浮かぶ島のごと かな子
蜘蛛の囲のとらへて飾る水の玉 邦夫
改札口出入り自由ぞ夏つばめ 言成
五月闇白き花弁に雨の粒 橙
海光に颯と翻り夏つばめ 太美子
さざなみの田水に映る子の新居 輝子
千枚の植田上より色を変へ 兵十郎
夏つばめ祈りを放つミナレット 昴
花石榴掃き集めつつ心燃え 茉衣
夏服を脱げば父似の肋かな 正信
陶枕や山水の景藍あせず 眞知子
陶枕の記憶よ祖父母見舞ひし日 翠
夏燕挨拶をして青空へ 盛雄
手術終へシーツの白さ夏燕 安廣
産土の森息づける新樹かな 遊子
縁に臥し蜘蛛の巣作りしげしげと 洛艸
陶枕や親上海に若かりし 乱
真っさらな空と琵琶湖と植田かな りょう
おめでとうございます
正信さんの句が句誌「円虹」の巻頭句に選ばれました。
宮尾正信
朱の残る太刀なき鞘や享保雛
玄海の怒涛の奥へ鳥帰る
倒木の枝に渦巻く春の水
水切りの石きらきらと春の川
しやりしやりと研ぐ包丁や水温む
円虹6月号(令和2年6月1日発行)