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第648回 令和3年7月12日      
                                
 7月の例会は、いわゆる「まん防」は延長されたが感染者が減りワクン接種も進んだため、会員の投句から成る「清記」を材料にして4カ月振りに大阪俱楽部で行われました。


出席者

 瀬戸幹三・鈴木輝子・鈴木兵十郎

 瀬戸橙・寺岡翠・宮尾正信

 向井邦夫・山田安廣

 

投句者

 山戸暁子・浅野りょう・植田真理

 碓井遊子・覚野重雄・西條かな子

 鶴岡言成・中嶋朱美・  中村和江

 西川盛雄・根来眞知子・東中乱

 東野太美子・平井瑛三・森茉衣  
    出席者 8名+投句者15名  計23名


兼題

 裸足・枝払ふ(幹三)

 百合・麦茶(暁子)

 当季雑詠  通じて8句

 

選者吟 
地の酒を供へ老樹の枝払ふ      幹三
跣足にて太平洋へ向かひけり
百合届く老いし女形の楽屋かな
麦茶飲むアルコールより旨さうに   暁子
百合は香を吐く弔ひの終りても 
白百合や家業継ぐてふ喪主若し

 
幹三選
枝払ひ終えて狭庭に夕の風      重雄
◎木の霊と溶けて枝打つ空の人    安廣
百合は香を吐く弔ひの終りても    暁子
◎ただいまと大声出して麦茶飲む    橙
百合咲いて昔廓でありし舘      輝子
枝払うて空の明るくなりにけり    安廣
ここちよき雨を浴ぶ帰路半夏生    真理
縄電車通れるやうに枝払ふ      輝子
◎岩を踏む海女の素足の確かなる   安廣
病める身に百合の香重し夜の更けて  安廣
卵割る音軽快に夏休み         橙
枝払ひ隣の窓を近づけぬ       暁子
点滴のバッグ艶やか夏未明      真理
枝払ひ吾庭に小径在りしこと      翠
◎葉の色の中にまぎれて青葡萄     橙
せせらぎに浸す麦茶の大薬缶     暁子
跳び石を裸足でとんで川中州     重雄
立ち入れば足に寄り来る川のえび  兵十郎
子の呷る麦茶喉まで滴れり      真理
すれ違ふ島の童の跣足かな      正信
灯台に至る急坂鹿の子百合      輝子
枝払ひ彼方の家は丸い窓        橙
◎道場の畳素足に吸ひ付きぬ    兵十郎
足音と足跡のある跣かな        橙
◎草野球薬缶の麦茶また空に     輝子
炎天の都市の真中の渡船かな     正信
◎遠足は母の麦茶の香りして     安廣

 

幹三特選句講評

・木の霊と溶けて枝打つ空の人    安廣
 天空の高さで樹と一体となって仕事をする職人です。樹齢百年を越すであろう巨木への畏敬の念が伝わって来ます。

・ただいまと大声出して麦茶飲む    橙
 炎天をものともせず外で遊んで帰って来た子、麦茶には子ども達の元気がよく似合う。ごくこくと喉を鳴らして飲む姿が目に浮かびます。

・岩を踏む海女の素足の確かなる   安廣
 海女は晩春の季語ですが「海女の素足」という一まとまりの夏の雰囲気でいただきました。彼女たちが平気で踏んでゆくごつごつした海辺の岩、その感触も思い出されます。

・葉の色の中にまぎれて青葡萄     橙
 まだ青く固いことと別の事象を取り合わせた句が多く見られますが、対象をよく見て詠む写生句もぴったり来る季語です。この先葡萄色になっていく「変化」も思われ、俳句という表現手段の広さを感じます。

・道場の畳素足に吸ひ付きぬ    兵十郎
 一年中素足で踏む畳ですが、夏は発汗のせいか吸いつく感じが強くしますね。その感触と、相手と組み合った緊張も描かれていると思いました。

・草野球薬缶の麦茶また空に     輝子
 その日の暑さが麦茶の消費量で表されました。きっとでこぼこの使い込まれた大きな薬缶なのでしょう。景がよく見える一句です。三段切れ気味ですが気にはなりませんでした。

・遠足は母の麦茶の香りして     安廣
 麦茶を飲む。その香りで思い出したのは遠足のこと、そしてお母さんのことでした。麦茶にはノスタルジーがあります。「遠足」は春の季語ですから上五を「水筒は」などとも考えましたが、これはこのままでいいと思います。

暁子選
◎砂丘行く素足の跡の定まらず   兵十郎
一服の冷やし麦茶や老庭師       翠
子も孫も跣足大好き血筋かなァ    瑛三
地の酒を供へ老樹の枝払ふ      幹三
笹百合や高野三山巡る道      兵十郎
山路きて自販機に選る麦茶かな    正信
枝払ひ父祖よりの山守りをり    太美子
縄電車通れるやうに枝払ふ      輝子
やまゆり図たどたどし世と杢太郎   和江
白壁にブーゲンビリアの紅ヴェール  茉衣
◎麦茶飲み干すや獣のやうな声    幹三
海の日や人麻呂思ふ難波津に     遊子
麦茶汲む卓に昭和のスクラップ    正信
百合香る家計簿しめて灯を消さむ  眞知子
◎岩を踏む海女の素足の確かなる   安廣
病める身に百合の香重し夜の更けて  安廣
剪る音に遅れて落ちる枝払ひ     幹三
◎百合届く老いし女形の楽屋かな   幹三
打つ遣りの跣足のつかむ徳俵     正信
灯台に至る急坂鹿の子百合      輝子
道場の畳素足に吸ひ付きぬ     兵十郎
枝払ひせし杉の香や風の道     兵十郎
座るなり愚痴る娘よ先ず麦茶      翠
足音と足跡のある跣かな        橙
百合の咲く谷を挟みて村二つ     幹三
炎天の都市の真中の渡船かな     正信

 

暁子特選句講評

・砂丘行く素足の跡の定まらず   兵十郎
 勿論履物を履いていても砂丘では跡は定まらないでしょうが、この句からは砂丘を素足でゆく心地良さが感じられます。足跡なく崩れてゆく砂の感覚も素足でしか味わえないでしょう。

・麦茶飲み干すや獣のやうな声    幹三
 麦茶はあまり上品に構えて飲むものではない。ごくごくと飲んでその旨さに獣のような声を発するのだ。

・岩を踏む海女の素足の確かなる   安廣
 日々の生活で岩場をゆくのは慣れたものである。慣れた動作は美しい。

・百合届く老いし女形の楽屋かな   幹三
 よくある風景なので、類想句があるかもしれないが、すっきりと淡々と詠んでおられるのが心地よい。


互選三句

邦夫選        
一服の冷やし麦茶や老庭師       翠
百合ふたつ二人しづかな祈りかな   盛雄
木の霊と溶けて枝打つ空の人     安廣
 「空の人」は大樹を慈しみながら高枝を打つ。

橙選        
枝払ひ隣の窓を近づけぬ       暁子
雷遠し障子を奔る夜の蜘蛛      盛雄
客ふたり揃うて麦茶飲み干しぬ    幹三
 炎天下の中、歩いて辿り着いたのでしょうか。

    

輝子選        
地の酒を供へ老樹の枝払ふ       幹三
座るなり愚痴る娘よ先ず麦茶      翠
打つ遣りの跣足のつかむ徳俵     正信
 力のはいる勝負の一瞬を「跣足」で見事に描いた。

兵十郎選        
百合は香を吐く弔ひの終りても    暁子
麦茶飲み干すや獣のやうな声     幹三
岩を踏む海女の素足の確かなる    安廣
 水から上って来た海女のしっかりした足取りが見える。

正信選        
ここちよき雨を浴ぶ帰路半夏生    真理
遠足は母の麦茶の香りして      安廣
地の酒を供へ老樹の枝払ふ      幹三
 老樹への敬虔な気持ちが地酒で良く表現されている。

翠選        
ゴム草履盗られ裸足の帰り道    りょう
縄電車通れるやうに枝払ふ      輝子
跣足にて太平洋へ向かひけり     幹三
 よくある風景を雄大な句にされたことに感動。


安廣選        
麦茶飲み干すや獣のやうな声     幹三
雷遠し障子を奔る夜の蜘蛛      盛雄
枝払いせし杉の香や風の道     兵十郎
 枝打ちの強い香を歌う事で風の道が清々しくなった。


投句者選一句
朱美選        
夕映えの海や裸足に砂の熱      真理
 昔のように海に行き波と遊びたいと切に思った。


瑛三選        
打つ遣りの跣足のつかむ徳俵     正信
 力感溢れる句。ただしこの勝負は負け。


和江選        
麦茶飲み干すや獣のやうな声     幹三
 「獣のような」に生き返った心地を実感します。
       
かな子選        
岩を踏む海女の素足の確かなる    安廣
 海女の生き様がまぶしい。兼題からの発想が良い。


言成選        
草野球薬缶の麦茶また空に      輝子
 如何にもありそうな光景を五七五に纏め佳句にされた。


重雄選        
縄電車通れるやうに枝払ふ      輝子
 なんとも微笑ましい情景ですね。


太美子選        
足音と足跡のある跣かな        橙
 着眼点が面白い。背景に子供の声母の声が聞こえる。


茉衣選        
枝払いせし杉の香や風の道     兵十郎
 生い茂った枝をはらい、風も香りも爽やかな道。


眞知子選        
木の霊と溶けて枝打つ空の人     安廣
 空に溶け込む大木に抱えられて枝打人は今木の一部に。


真理選        
ポストまで素足で下駄でTシャツで  輝子
 日常のちょっとずぼらな軽快さが小気味よい。


盛雄選        
帰校時や井戸より麦茶上げし祖母   邦夫
 祖母の計らいで井戸水で冷えた麦茶がおいしい。


遊子選        
木の霊と溶けて枝打つ空の人     安廣
 コダマ(谺)は木霊。高木の枝払う響きがコダマする。


乱選         
木の霊と溶けて枝打つ空の人     安廣
 高きにあって木と心を通わす孤高の職人の姿。


りょう選        
ポストまで素足で下駄でTシャツで  輝子
 若き日の古き良き時代が蘇ります。

参加者自選句
電線を追い越し伸びる枝払う     朱美
枝払ひし園生き返る風の道      瑛三
やまゆり図たどたどし世と杢太郎和江
へこみたるアルマイトの薬缶の麦茶かな

                 かな子
枝払ふ庭師の醸す詩情かな      邦夫
百合の花咲く今は亡き友の庭     言成
跳び石を裸足でとんで川中州     重雄
苗色の壁に人参色の百合        橙
傾ぎ咲く笹百合に遇ふケーブルカー 太美子
靴脱ぎて跣足の十指砂に置く     輝子
泥にゆるり指から出して裸足の子  兵十郎
白壁にブーゲンビリアの紅ヴェール  茉衣
打つ遣りの跣足のつかむ徳俵     正信
ただいまに百合は香りでおかえりと 眞知子
点滴のバッグ艶やか夏未明      真理
恙なきや共に笹百合愛でし君      翠
雷遠し障子を奔る夜の蜘蛛      盛雄
木の霊と溶けて枝打つ空の人     安廣
海の日や人麻呂思ふ難波津に     遊子
俯くや笹百合そっと恥じらひて     乱
久し振り無事を祝して麦茶かな   りょう

 

選者より
 今月の兼題の一つである「枝払ふ」は「枝払ふ」(夏)と「枝打つ」(冬)剪定(春)が混同して用いられている。「枝打ち」は年月の経った木の下枝を切り落とし、優良材を作るための作業で、冬の季題である。今回の句の中でも、「枝払ふ」よりむしろ「枝打つ」の方がふさわしいのではないかと思われる句がいくつかあった。  (幹三・暁子)

 

 やまゆり図たどたどし世と杢太郎  和江
 木下杢太郎の「百花譜」の最後の「やまゆり」図は、彼の絶筆となったもので、絵に添えて、医師でもあった彼は自分の病状を書いています。そこに「運勢たどたどし」とあるので、これは病状と敗戦近い状況を合わせて自分の運勢のことをいっているのではないでしょうか。これが書かれたのは昭和20年7月27日ですから、たしかに世の運勢がたどたどしいともいえるのですが、どうでしょうか。
(暁子)

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