待兼山俳句会
第642回 令和3年1月25日
コロナの感染が拡大し緊急事態宣言が出されたため通信句会と致しました。選者選に加えて投句者に互選三句(一句に短評)をして頂きました(五句出句)。
兼題 松過・寒鴉(幹三)
寒月・侘助(暁子)
当季雑詠 通じて五句
選者吟
森よりも暗き色して寒鴉 幹三
松過ぎや袋はみ出す長きパン
寒月に山襞深くありにけり
濃紺の空に刺さりし寒三日月 暁子
寒鴉漆黒の声残し翔つ
マスクして嘘言ひさうや口つぐむ
幹三選
松過ぎの風にからから絵馬の鳴る 橙
侘助や密かな想ひ年古りぬ 翠
寒月の見通している先の先 眞知子
寒濤の岬にゆるぎなき大樹 正信
杉木立に叡山高し寒の月 安廣
侘助や活けられてなほ俯ける 言成
松過ぎて君の忌日ぞいざ生きめ 翠
シャクシャクと刻む七草七日粥 橙
底抜けの闇の明るさ寒の月 盛雄
◎寒鴉漆黒の声残し翔つ 暁子
松過ぎや古き映画にまた涙 輝子
◎寒月の海へ離陸の尾灯かな 正信
寒月も潤むかのやう二人連れ 朱美
◎入りたし寒三日月のすき間より 橙
寒月やあたりまえの日こそ至福 眞知子
◎松過の坂まっすぐに青空へ 安廣
松過ぎてほろりと甘き和三盆 かな子
突き放すことも愛かも寒の月 眞知子
侘助の似合ふ座敷にかしこまり 橙
マスクして嘘言ひさうや口つぐむ 暁子
肩抱きて歩む冬夜の介護かな 安廣
◎注連縄を外し巡査は大欠伸 りょう
寒満月ネオンの消えた街過ぎぬ 輝子
寒鴉羽音立てずに女坂 橙
侘助の一輪香る師の書斎 正信
目が逢ふてふいと飛去る寒鴉 安廣
寒鴉何が不満で横を向く 昴
◎家毀つとて侘助を託さるる 暁子
寒鴉我の手抜きを見逃さず 翠
幹三特選句講評
・寒鴉漆黒の声残し翔つ 暁子
黒い嘴を開いて一声鳴いた時、その音も漆黒であった、と。色を失った冬の景の中に聴覚と視覚が渾然としている。
・寒月の海へ離陸の尾灯かな 正信
月の明り、海の反射、翼の灯り…寒々とした光が動く。景のよく見える句である。
・入りたし寒三日月のすき間より 橙
月の細さを空に開いた「すき間」に見立てた。もし入り込むとその向こうに何があるのであろうか?ファンタジックな句。
・松過の坂まっすぐに青空へ 安廣
気もちの良い句である。気分の晴れぬ正月であったが、この句のようにまっすぐ解決に向かってほしい。「青空」に希望を感じる。
・注連縄を外し巡査は大欠伸 りょう
特に事件もなく、穏やかな松の内であったとお見受けする。交番の平和な松過ぎ。「巡査の」としていただきたい。
・家毀つとて侘助を託さるる 暁子
庭に育っていた侘助の木を根っこから掘り起こし託されたというのである。主が変ることを知ってか知らでか。そこもまた侘助らしい。
暁子選
侘助を床に客待つ釜の音 安廣
◎松過の道調べをり測量士 幹三
寒月や犬の夜泣に出で来れば 兵十郎
寒鴉黒き語り部倫敦塔 盛雄
落葉松に等間隔の寒鴉五羽 朱美
寒濤の岬にゆるぎなき大樹 正信
峡を出で湖啼き渡る寒鴉 昴
シャクシャクと刻む七草七日粥 橙
信号は赤の点滅寒の月 輝子
松過ぎて故郷旅立つ汽笛かな りょう
松過や竹貰い来て竹とんぼ 兵十郎
寒月の海へ離陸の尾灯かな 正信
◎松過や吾を待ちくれし母のこと 太美子
寒月の光吹き出す鯨かな 昴
渡月橋彼岸此岸を寒烏 乱
流木の浜滑空の寒鴉 正信
松過ぎて力士華やぐ下駄の音 盛雄
突き放すことも愛かも寒の月 眞知子
侘助や寺の本堂僧ライブ 瑛三
孫帰り日々細りゆく雪達磨 乱
◎肩抱きて歩む冬夜の介護かな 安廣
春浅し少年野球満塁に 遊子
猛禽の声して朝の寒烏 眞知子
近道はただ松籟と寒の月 かな子
目が逢うてふいと飛去る寒鴉 安廣
◎松過のなほ店閉ぢしままの街 瑛三
◎松過ぎて戻らぬ人出商店街 言成
暁子特選句講評
・松過の道調べをり測量士 幹三
まだ正月気分で歩いておられたのかもしれない。仕事はもうとっくにいつも通りに行われていることに気付かれた。この道が変わるのかもしれないという新しい期待もある。「松過」のような季題は名詞の時は送り仮名なし、動詞として使う場合は送り仮名をつける。
・松過や吾を待ちくれし母のこと 太美子
母の許へ帰れなかった子の思い。今年の特別な事情のもとだけでなく、いつの年もこの思いは変わらない。
・肩抱きて歩む冬夜の介護かな 安廣
通院の帰りだろうか。室内の光景だろうか。「冬夜」は虚子に例句もあるが、普通は「寒夜」?カタ、カンヤ、カイゴとカの韻をふんで、寒さが出るのではないか?逆に作者は柔らかさを出そうとされたのかもしれない。
・松過のなほ店閉ぢしままの街 瑛三
・松過ぎて戻らぬ人出商店街 言成
さりげなく現状を詠む。読む人はしみじみと寂しさを感じとる。
互選三句
朱美選
孤高なる寒月射たり我が心 邦夫
松過のなほ店閉ぢしままの街 瑛三
祈りもて年の夜の月仰ぎけり 太美子
月に祈った人達が世界中に!皆様の共感を呼ぶ句だと思う。
瑛三選
寒月の海へ離陸の尾灯かな 正信
家毀つとて侘助を託さるる 暁子
松過ぎや袋はみ出す長きパン 幹三
非日常から普段の生活に。さりげなく詠まれている。
和江選
寒月や意外に小さく弓を張り 太美子
春浅し少年野球満塁に 遊子
入りたし寒三日月のすき間より 橙
月との密会。冷たく美しい月を招き入れたいのは私。
かな子選
松過ぎや袋はみ出す長きパン 幹三
突き放すことも愛かも寒の月 眞知子
落葉松に等間隔の寒鴉五羽 朱美
一幅の墨絵。「等間隔の五羽」がよい。
邦夫選
寒月と時分かち合ふ帰り道 乱
寒月も潤むかのやう二人連れ 朱美
近道はただ松籟と寒の月 かな子
松籟と寒月、まさにひもじかった若き日の帰り道です。
言成選
寒鴉孤高の一声発しけり 太美子
森よりも暗き色して寒鴉 幹三
侘助や庭師黙々苔手入れ 乱
侘助には苔手入れする庭師が相応しい。
橙選
松過ぎや袋はみ出す長きパン 幹三
松過や竹貰い来て竹とんぼ 兵十郎
森よりも暗き色して寒鴉 幹三
寒鴉は森の奥の奥の深い色なのでしょうか。
太美子選
寒月の海へ離陸の尾灯かな 正信
渡月橋彼岸此岸を寒烏 乱
松過のなほ店閉ぢしままの街 瑛三
なかなか収まらぬコロナ禍の街。復興への祈り。
輝子選
祈りもて年の夜の月仰ぎけり 太美子
松過ぎて目覚めの早しこぼれ種 和江
シャクシャクと刻む七草七日粥 橙
菜を刻む擬音語がぴったり。七七の繰返しも心地よい。
兵十郎選
松過ぎや袋はみ出す長きパン 幹三
森よりも暗き色して寒鴉 幹三
寒濤の岬にゆるぎなき大樹 正信
波だけでなく寒風にも負けず立つ大樹の力強さ。
昴選
侘助や密かな想ひ年古りぬ 翠
寒月と時分かち合ふ帰り道 乱
松過ぎて君の忌日ぞいざ生きめ 翠
ヴァレリーの詩を想起。残った者は生きなければならない。
茉衣選
侘助や庭師黙々苔手入れ 乱
戯れる雀らそっぽ寒鴉 和江
侘助の咲かず予期せぬことばかり 輝子
今年の侘助の遅咲きを浮世の事情に重ねたのが妙。
正信選
侘助を床に客待つ釜の音 安廣
侘助にそつと近づく鋏かな 幹三
シャクシャクと刻む七草七日粥 橙
上五、七草七日粥のリズムが新春を思わせ心地よい。
眞知子選
寒月に長引く家居覗かれて 言成
松過ぎてほろりと甘き和三盆 かな子
侘助にそつと近づく鋏かな 幹三
そう言われてみれば確かにそうで、「そっと」が秀逸。
翠選
信号は赤の点滅寒の月 輝子
寒月の光吹き出すクジラかな 昴
マスクして嘘言ひさうや口つぐむ 暁子
マスクの陰でふと架空の自分を演じて見たいと思ったが。
盛雄選
寒月の海へ離陸の尾灯かな 正信
肩抱きて歩む冬夜の介護かな 安廣
松過て独居に戻りマスク取る 朱美
松過ぎた後の一人、マスクを取りホッとする一時がいい。
安廣選
寒濤の岬にゆるぎなき大樹 正信
松過の青き畑や若夫婦 邦夫
松過や認知の友の声若き 翠
認知症の友ではあるが電話に出た声の若々しさが嬉しい。
遊子選
寒月の海へ離陸の尾灯かな 正信
盛りとてわが佗助のわびしさよ 太美子
引揚げる玄界灘に冬の月 りょう
私の引揚船では対馬の竹林・蜜柑に祖国を実感しました。
乱選
寒月に山襞深くありにけり 幹三
家毀つとて侘助を託さるる 暁子
戯れる雀らそっぽ寒鴉 和江
群れて喧しい寒雀。それを無視する孤高の寒烏。
りょう選
松過や認知の友の声若き 翠
寒月も潤むかのやう二人連れ 朱美
松過の青き畑や若夫婦 邦夫
青々とした畑の手入れをする若い夫婦、希望の新年が見える。
参加者自選句
鳩脅し素知らぬ顔の寒鴉かな 朱美
松過のなほ店閉ぢしままの街 瑛三
松過ぎて目覚めの早しこぼれ種 和江
鳴き交わす空は茜に寒鴉 かな子
孤高なる寒月射たり我が心 邦夫
護美の日をよく知ってゐる寒鴉 言成
侘助の似合ふ座敷にかしこまり 橙
祈りもて年の夜の月仰ぎけり 太美子
信号は赤の点滅寒の月 輝子
侘助や釣花入の鈍き色 兵十郎
寒月の光流るる淀の川 昴
風花の舞ふせせらぎに白い鷺 茉衣
寒濤の岬にゆるぎなき大樹 正信
寒月やコロナ禍の底まだ見えず 眞知子
松過ぎて君の忌日ぞいざ生きめ 翠
寒鴉黒き語り部倫敦塔 盛雄
松過の坂まっすぐに青空へ 安廣
水墨に睥睨したる寒鴉 遊子
孫帰り日々細りゆく雪達磨 乱
引揚げる玄界灘に冬の月 りょう