待兼山俳句会
第638回 令和2年9月14日
今月の例会は、8月の例会と同じ方式で大阪俱楽部で行われました。
時間に余裕ができましたので、新しい試みとして、骰子で季題を一つ選び即吟会を行いました。
選者吟
放屁虫ことばの如く放屁せり 幹三
逝きし人ばかりの写真爽やかに
白桃を硬き種まで冷やしけり
竿背負ひ自転車漕ぎて秋の海 暁子
視界には一舟もなき秋の海
仏壇の桃の香部屋に充ちてをり
選者選
幹三選
美しき緑なれども放屁虫 かな子
◎見逃せり亀虫の子の青美しく 乱
仏様より渡り廊下の爽やかさ 乱
◎目も鼻も眉も濡らして桃食らふ 翠
新涼や牛舎に帰る鈴の列 遊子
放屁虫一匹に場の騒然と 暁子
文添へて稿送り出す爽やかさ 乱
虫の闇その又奥に虫の闇 太美子
◎白桃の種はだいたいこの辺り 橙
釣人の影きはやかに秋の海 かな子
固き桃かじる少女の頬丸き 和江
◎進むとも見えぬ巨船や秋の海 輝子
柿ひとつ残して暮れる西の京 盛雄
子ら眠る厨は桃の香の満ちて かな子
引く波の砂に消えたる秋の浜 正信
◎軒先を借り亀虫の死んだふり 太美子
視界には一舟もなき秋の海 暁子
亀虫の群れ来る窓も秘湯かな 兵十郎
秋の海水平線のあちら側 橙
当てもなく出かけいつしか秋の海 朱美
爽やかや目で微笑みて行き交へり 暁子
◎入り混じる靴跡小さき秋の浜 正信
放屁せば仲間逃げ出す放屁虫 邦夫
傷みたる桃の香りのなほ高き 邦夫
◎母に似し人遠ざかる花野かな かな子
削りたる鉛筆さやか原稿紙 安廣
幹三特選句講評
・見逃せり亀虫の子の青美しく 乱
払い飛ばそうとした手が止った。亀虫に限らず昆虫の色は実に美しい。あるいは我々の中に美しく感じる遺伝子が伝わっているのかも知れない。
・目も鼻も眉も濡らして桃食らふ 翠
一心不乱にかぶりつく、それほどに美味しい桃。眉までもというところに俳味あり。「せつせつと眼まで濡らして髪洗ふ」(野澤節子)を思い出した。
・白桃の種はだいたいこの辺り 橙
桃を丸かぶりする時、あるいは刃を入れる時、あの大きな硬い種の位置の見当をつける。アバウトな句のようであるが桃をしっかり写生している。
・進むとも見えぬ巨船や秋の海 輝子
これが春の海、夏の海ならどうであろう?と考えた。やはり水平線に置かれたような大きな船をぼーっと見ているのは秋が似合う、と結論した。
・軒先を借り亀虫の死んだふり 太美子
亀虫は本能として「演じて」いるのだが、それを微笑ましいと見ている作者。軒先を借りている/貸しているという関係もたいへんおもしろい。
・入り混じる靴跡小さき秋の浜 正信
先ず浜に数多の靴跡を発見、次にそれは子供達のものと気付く。夏が終わった浜辺で十分に遊んだのであろう。「小さき靴跡」とするより原句の方に面白味を感じる。
・母に似し人遠ざかる花野かな かな子
母が遠ざかるとは言っていないが、母を恋う気持ちによる幻覚として鑑賞した。花野の淡い色、広がり、空気はそういった幻の舞台ともなる。
暁子選
◎背に釣竿少年駆ける秋の浜 翠
濃き煙ぷうと吐く船秋の海 幹三
灯台に果つる断崖秋の浪 瑛三
餌ねだる鹿のひとみに秋の雲 安廣
裏返る波何枚も秋の海 幹三
迷ふことありて佇む秋の浜 邦夫
仏壇の白桃のはや闌けそむる 洛艸
◎文添へて稿送り出す爽やかさ 乱
仏壇の桃の食べてと言ふ香り 眞知子
思はざる祭太鼓に途中下車 遊子
嫌はれる故にわれ在り放屁虫 りょう
◎早起の素振り百回風さやか 安廣
かめむしの干したタオルに紛れ込み 輝子
爽やかにゲーテ歌へる米寿かな 翠
爽やかや病快癒の句集受く 輝子
◎爽やかや月と火星と吾の散歩 乱
爽やかや昼の波止場の風と波 邦夫
爽やかや三惑星の揃ひ踏み 翠
病みあがりの朝の散髪爽やかに 洛艸
◎亀虫の群れ来る窓も秘湯かな 兵十郎
秋の浜椰子を起点の縄電車 正信
入り混じる靴跡小さき秋の浜 正信
暁子特選句講評
・爽やかや月と火星と吾の散歩 乱
本当は早朝に散歩をするのが良いのだろうが、夜の散歩も爽やかである。同伴者を月と火星という大きなものにされたのが、個性的である。
・亀虫の群れ来る窓も秘湯かな 兵十郎
観光バスも来ない秘湯。人の代わりに動物や虫たちが訪ねて来る。秘湯だから放屁虫が来ても当然だという作者の受け止め方がよい。
・背に釣竿少年駆ける秋の浜 翠
放課後だろうか、日曜日だろうか、少年の期待に満ちた、嬉しそうな様子が目に見えるようだ。
・文添へて稿送り出す爽やかさ 乱
苦労して一つの稿をまとめ上げた時の爽やかさは体験者のみが知るものであって、季節とは関係がないかもしれない。しかしこの句からは灯火親しむ秋の気配が感じられる。「文添へて」に仕上げられたものへの思いが込められている。
・早起の素振り百回風さやか 安廣
何年たっても背筋のぴんと伸びておられる作者、なるほどと頷けた。
選後に
特選に頂いた五句の内、最後の一句を除いて、すべて私自身が経験し、感じたことを詠まれた作品である。自分が経験したことがあるから胸に響いたのであろう。自分では気付かなかったこと、或いは自分が知らない世界を詠まれた句をもっと理解出来るようになりたいと思った。
互選三句
瑛三選
爽やかを絵に描くならば今朝の空 輝子
ハイハイと上がる手さやか参観日 安廣
小気味よく剝けて白桃皿の上 太美子
白桃の甘い滴り。本当においしそう。つるんと口の中。
かな子選
金木犀まあるく散って遠廻り りょう
入り混じる靴跡小さき秋の浜 正信
執着のいつしか薄れ秋の海 乱
静謐な秋の海に向かう時、素直で澄んだ心になれる。
邦夫選
秋の海いい塩梅に諾ひて 橙
頑なにこころ閉ざすや若き桃 昴
視界には一舟もなき秋の海 暁子
秋の海の静けさと寂しさとがうまく捉えられている。
輝子選
竿背負ひ自転車漕ぎて秋の海 暁子
裏返る波何枚も秋の海 幹三
虫の闇その又奥に虫の闇 太美子
虫の声がどこまでもついてくる。秋の夜は虫のもの。
兵十郎選
文添へて稿送り出す爽やかさ 乱
引く波の砂に消えたる秋の浜 正信
脚立立て実りし桃の香を下ろす 盛雄
桃を採ったのではなく、その香を手にそっと降した。
正信選
脚立立て実りし桃の香を下ろす 盛雄
目も鼻も眉も濡らして桃食らふ 翠
かめむしをそつと弾きて放つ空 輝子
小さなかめむしと、それが飛び行く大空の対比が良い。
翠選
爽やかやエンディングノート書き上げて
暁子
さやけしや掃き目正しき修行僧 和江
爽やかや病快癒の句集受く 輝子
最近句友から頂いた句集。人生の様々を乗りこえられたことに感動。
安廣選
灯台に果つる断崖秋の浪 瑛三
かめむしをそつと弾きて放つ空 輝子
母に似し人遠ざかる花野かな かな子
花野ですれ違った人に母の面影を見て懐かしく見送っている。
投句者選一句
朱美選
爽やかや白光に雲染まりそむ 昴
近頃の思わず見とれてしまう空と雲が目に浮かびました。
和江選
秋の海水平線のあちら側 橙
秋気と広がりに見えない世界まで見えそうな気がする。
言成選
爽やかや三惑星の揃ひ踏み 翠
明け方の空に火木土の三惑星が輝いた様は正に爽やかというに値する。
橙選
渦巻きて貝太りゆく秋の海 幹三
秋の海でゆったり大きくなる渦巻貝を感じました。
太美子選
執着のいつしか薄れ秋の海 乱
紺碧の海は人の心を浄化してくれる、「秋の海」は尚更。
昴選
爽やかや目で微笑みて行き交へり 暁子
マスクから出た目だけの知己との挨拶の爽やかな印象記。
茉衣選
秋の海水平線のあちら側 橙
澄んだ海のかなたに思いを至す大航海時代的想像力!
眞知子選
爽やかを絵に描くならば今朝の空 輝子
爽やかの極みを実感しためったに味わえない至福の朝。
盛雄選
進むとも見えぬ巨船や秋の海 輝子
船は瀬戸内茅渟の海、神戸の港を思い出します。
遊子選
秋の海けんか別れのままの友 かな子
秋の渚の感傷、友との断絶を悔む思いがふと過る。
洛艸選
さやけしや掃き目正しき修行僧 和江
修行僧のきりっとした態度に寺の秋を感じる。
乱選
友に詣で立てば遥けき秋の海 安廣
友の墓と秋の海。生身から永遠へ。そこには安らぎもある。
りょう選
一輪の桔梗さやけし備前焼 茉衣
桔梗が素朴な備前焼にしっとり落ち着いて静かな秋です。
参加者自選句
コロナ禍に爽やか運ぶ古日記 朱美
暴風雨去る月さはやかに山の上 瑛三
さやけしや掃き目正しき修行僧 和江
釣人の影きはやかに秋の海 かな子
静けさを胸に仕舞へり秋の海 邦夫
マスク取りフェースシールド爽やかに 言成
秋の海水平線のあちら側 橙
二百五十度の水平線秋の海 太美子
つるんと剝く熟れたる桃の肌薄き 輝子
雲切れて鬼洗濯す秋の磯 兵十郎
爽やかや白光に雲染まりそむ 昴
一輪の桔梗さやけし備前焼 茉衣
引く波の砂に消えたる秋の浜 正信
さやけしや移ろふ季節肌で知る 眞知子
秋の海穴釣りパパに負けないぞ 翠
脚立立て実りし桃の香を下ろす 盛雄
早起の素振り百回風さやか 安廣
思はざる祭太鼓に途中下車 遊子
鉢下へ逃げ最後屁放屁虫 洛艸
文添へて稿送り出す爽やかさ 乱
爽やかに二冠奪取の若き棋士 りょう
即吟会『花野』
◎追憶の人尋ねゆく花野かな かな子
◎気がつくとはなればなれに花野道 幹三
〇花野来て花野の匂脱げぬまま 輝子
〇信州の花野の果ての青い屋根 邦夫
〇花野来て花野に迷ふ一と日かな 瑛三