待兼山俳句会
第658回 令和4年4月18日
例会は、コロナによる蔓延防止措置が解除されたため、会員の投句から成る「清記」を材料にして、今年になって初めて、4か月ぶりに大阪俱楽部で行なわれました。
出席者
瀬戸幹三・山戸暁子・鈴木輝子
鈴木兵十郎・瀬戸橙・寺岡翠
花菱恋多郎・東中乱・平井瑛三
宮尾正信・向井邦夫・山田安廣
投句者
植田真理・碓井遊子・草壁昴
西條かな子・鶴岡言成・中嶋朱美
中村和江・西川盛雄・根来眞知子
東野太美子・森茉衣
出席者12名+投句者11名 計23名
兼題
春深し・鳥の巣(幹三)
草餅・菜の花(暁子)
当季雑詠 通じて8句
選者吟
菜の花の高さの揃ふ先に海 幹三
もぞもぞと雀入りゆく八重桜
草餅と婆さまだけの茶店かな
気がかりなこと次々と春深む 暁子
鳥の巣や嬉しくもあり困惑も
どの店も元祖とありて草餅屋
幹三選
炒めれば菜の花彩をそのままに 瑛三
◎尻振りて潜り込みゆく雀の巣 兵十郎
草餅や時に残れる草の筋 暁子
◎つくほどに蓬の餅の色となり 橙
黙黙と草餅ひさぐ老いひとり 輝子
鳥の巣や嬉しくもあり困惑も 暁子
草餅の深い緑の奥を見ぬ 橙
日々つのる庭の勢ひや春闌くる 太美子
実験の佳境深夜の蓬餅 正信
卵落ちゐて鳥の巣のありしこと 太美子
◎人声を消す水音や春深し 暁子
使はざる戸袋に藁雀の巣 邦夫
林間に鳥の巣光る高さかな 盛雄
焼草餅内ふところに護摩祈願 兵十郎
鳥の巣に嘴ばかり並びをり 安廣
巣箱一つ水場も作り佳き日かな 兵十郎
大雑把ハイ鳩の巣の出来上がり 乱
草餅のあんこはみ出し子ら笑ふ 盛雄
春深し山ふところの湯に遊ぶ 兵十郎
欄干を鳩の足音春蘭ける 正信
鳥の巣のあるらし羽根の落ちてをり 暁子
◎菜の花や別れの角に来てしまふ 輝子
一年生大き帽子の板につき 安廣
◎春深しプツンと弦の切れし音 橙
どの店も元祖とありて草餅屋 暁子
◎宿題を忘れし朝のチューリップ 正信
鳥の巣を見ている鳥に見られたる 橙
◎草餅のひたりと指に吸ひつきぬ 真理
春の色せし鳥と目の合ひにけり 橙
幹三特選句講評
・尻振りて潜り込みゆく雀の巣 兵十郎
いそいそとマイホームに入って行く感じが可愛い。但し主語が曖昧。「尻振りて巣に潜り込む雀かな」「尻振りて雀入りゆく雀の巣」など、お考えいただきたい。
・つくほどに蓬の餅の色となり 橙
どんどんおいしそうになる、そんな色の変化に着目したのは面白い。できれば「蓬餅」としたい(「の」をとる)けれど、句の調子がいいのでこのままでよし、と。
・人声を消す水音や春深し 暁子
水量が豊かになったというだけでなく、人の暮しも描かれている。まさに深まり行く春である。
・菜の花や別れの角に来てしまふ 輝子
春は出逢いの、そして別れの季節である。句は昭和の映画の一シーンのよう。若いふたりであろうか。黄色い光が眩しい。
・春深しプツンと弦の切れし音 橙
季語との取り合わせがいい効果を出している。突然止まってしまった音楽、その静寂も深めて闌春の雰囲気である。
・宿題を忘れし朝のチューリップ 正信
思い出の句の形をとっているが、今の自分とも考えられる。やることをすっかり忘れしまった日の後悔とチューリップの能天気な形が面白い取り合わせである。
・草餅のひたりと指に吸ひつきぬ 真理
色や味の句は多いが感触に着目したのは新鮮。柔らかさ、冷たさに加えておいしさも伝わってくる。「ひたり」が秀逸。
暁子選
枯枝を穿ち巣造るこげらかな 言成
春深しむかしの寺の大礎石 幹三
◎行きつけの酒場更地に朧の夜 遊子
つくほどに蓬の餅の色となり 橙
黙黙と草餅ひさぐ老いひとり 輝子
鳥去りて匠の技の巣を残す 乱
日々つのる庭の勢ひや春闌くる 太美子
福島の人居ぬ村に春深し 安廣
実験の佳境深夜の蓬餅 正信
卵落ちゐて鳥の巣のありしこと 太美子
瀞八丁泥の眠りや春深し 昴
◎菜の花や舟運往時の土手長し 和江
焼草餅内ふところに護摩祈願 兵十郎
◎菜の花の蕾の上に辛子味噌 橙
燕の巣今年まだかなバス待ち場 翠
戦場にひびけ復活祭のミサ 茉衣
◎巣箱一つ水場も作り佳き日かな 兵十郎
◎中将姫祀る里あり草の餅 兵十郎
菜の花の黄に染められて月上がる 眞知子
大玻璃戸城嵌め花の雲を嵌め 太美子
食べる手を止め草餅の色愛づる 幹三
河川敷占める菜の花外来種 眞知子
草餅と婆さまだけの茶店かな 幹三
◎きのふけふご飯の友は花菜漬 邦夫
菜の花を和へる蕾も道連れに 輝子
菜の花や果ては円弧の水平線 正信
暁子特選句講評
・行きつけの酒場更地に朧の夜 遊子
コロナ禍でこんな店が増えているだろう。「行きつけの」とあるからその店がこうなることは予めご存知だったのかと思う。偶々通りかかったときの感慨か。歳時記によれば、昼の霞に対して夜は朧という。朧夜は朧月夜のこと。
・菜の花や舟運往時の土手長し 和江
「舟運(しゅううん)」は舟で貨物を運んだり交通したりすること。昔の物流は舟が担っており、地元大阪にあるいくつもの川も経済にとって重要な役目を持っていた。私がいつも車窓から見るのは大和川であるが、両岸果てしなく菜の花が続いている。今回の出句にもあったように、今は外来種が多く、昔の花とは違うかもしれないが、一面の菜の花は古き世への想いを誘う。
・菜の花の蕾の上に辛子味噌 橙
・きのふけふご飯の友は花菜漬 邦夫
ささやかな日常の幸せの大切さをしみじみと思う昨今の世情である。
・巣箱一つ水場も作り佳き日かな 兵十郎
コロナ禍のもと、DIYが盛んである。水場まで作ったといういかにも満ち足りた作者の一日が表現されている。
・中将姫祀る里あり草の餅 兵十郎
奈良県葛城市の當麻寺では、練供養会式の時など村人総出で参加する。この里の名物「中将餅」は掌大の蓬餅に餡をのせてある。この寺は牡丹の名所なので、牡丹の花びらをかたどったもの。
互選三句
朱美選
木の葉蔭ここは吾が巣と鳩の鳴く 瑛三
実験の佳境深夜の蓬餅 正信
さまざまな別れのありて春深し 瑛三
心から同感!別れたくなかった事も思い出されました。
瑛三選
花月夜首輪の光る犬連れて 正信
草餅の色は野の色野の香り 安廣
どの店も元祖とありて草餅屋 暁子
面白い句。別に元祖と名乗らずとも。
和江選
鳩の中歩く雀や春深む 幹三
菜の花や果ては円弧の水平線 正信
鳥の巣を見ている鳥に見られたる 橙
鳥と人、どちらにも一瞬の緊迫が。
かな子選
菜の花や別れの角に来てしまふ 輝子
ささやかに孤老を生きて蓬餅 翠
余生あと数年ばかり春深し 言成
丁寧に人生を生きてきた人の深い感慨が心を打つ。
邦夫選
さざ波に花菜のひかり照り返す 昴
菜の花や別れの角に来てしまふ 輝子
つくほどに蓬の餅の色となり 橙
出来てゆく蓬餅の色の変化。「つくほどに」が巧み。
言成選
桜餅作り鼻高妻可愛い 恋多郎
春深し着こなしうまき大女将 邦夫
草餅の色は野の色野の香り 安廣
読んでそのまま草餅を思い浮かべることができる。
橙選
春深しむかしの寺の大礎石 幹三
宿題を忘れし朝のチューリップ 正信
春闌隣人一家長旅へ 邦夫
春闌に一家揃って長旅なんて…行ってみたいなあ。
太美子選
淡路島菜の花色に染まりをり 暁子
春闌けて家庭菜園整へり 翠
中将姫祀る里あり草の餅 兵十郎
固有名詞中将姫が素晴らしい。さぞ芳しい草餅でしょう。
輝子選
菜の花や十五の心染まり初む 昴
春深しプツンと弦の切れし音 橙
叱られて泣く子よお出で草団子 かな子
𠮟られて泣く子。なぐさめる婆様のやさしく甘い心遣い。
兵十郎選
福島の人居ぬ村に春深し 安廣
菜の花の小さき束の小さき春 安廣
菜の花や十五の心染まり初む 昴
十五の春、初恋の芽ばえであろうか。下五が初々しい。
昴選
鳥去りて匠の技の巣を残す 乱
中将姫祀る里あり草の餅 兵十郎
福島の人居ぬ村に春深し 安廣
原発事故の恐怖、帰宅困難地区はいつまで続くのか。
茉衣選
輪郭の淡き天守や春の雲 正信
草餅の深い緑の奥を見ぬ 橙
福島の人居ぬ村に春深し 安廣
種々様々の事情で世界中に生じる廃村廃墟にも春は巡る。
正信選
つくほどに蓬の餅の色となり 橙
散り果てて雀遊ばす枝ばかり 言成
もぞもぞと雀入りゆく八重桜 幹三
上五の擬態語が雀の様子、八重桜の形状を表現し秀逸。
眞知子選
夜桜を浮世の花といふべきや 遊子
気だるげに歩む学生春深し 真理
春深しプツンと弦の切れし音 橙
切れたのはギターの絃か、心の絃ならえらいことに。
真理選
使はざる戸袋に藁雀の巣 邦夫
人の持ち物も使うて鴉の巣 幹三
尻振りて潜り込みゆく雀の巣 兵十郎
雀の可愛らしいお尻が目に浮かびました。
翠選
菜の花の黄に染められて月上がる 眞知子
大玻璃戸城嵌め花の雲を嵌め 太美子
菜の花の高さの揃ふ先に海 幹三
天気の良いひらけた情景が目に見えるようです。
盛雄選
大玻璃戸城嵌め花の雲を嵌め 太美子
宿題を忘れし朝のチューリップ 正信
福島の人居ぬ村に春深し 安廣
福島の津波原発の悲劇を俳句で語り継ぐ視点に納得。
安廣選
行きつけの酒場更地に朧の夜 遊子
菜の花の黄に染められて月上がる 眞知子
気がかりなこと次々と春深む 暁子
次々と気掛りな事が起り心晴れぬ晩春の気配を感じる。
遊子選
バラ色の過去より君よ蓬餅 翠
つくほどに蓬の餅の色となり 橙
鳥去りて匠の技の巣を残す 乱
野生の巣づくり誠に匠の技という感じですね。
乱選
バラ色の過去より君よ蓬餅 翠
蓬餅鄙の香りをながめをり 茉衣
菜の花の黄に染められて月上がる 眞知子
天と地が示し合わせて、壮大な春の宵を演出する。
恋多郎選
巣を目指し親鳥戻る迷いなく 朱美
草餅のあんこはみ出し子ら笑ふ 盛雄
草餅のひたりと指に吸ひつけり 真理
指に吸いつく感じが生々しく伝わります。
参加者自選句
菜の花と子らの歓声平和なり 朱美
さまざまな別れのありて春深し 瑛三
春深し宇陀の庵を訪ねたし 和江
叱られて泣く子よお出で草団子 かな子
菜の花や家路を急ぐ紺絣 邦夫
菜の花を引き立つ空の青さかな 言成
仔麒麟の無垢な横顔春深し 橙
卵落ちゐて鳥の巣のありしこと 太美子
菜の花や別れの角に来てしまふ 輝子
山下りて酒屋なき里草の餅 兵十郎
山端の月に花菜の寝もやらず 昴
戦場にひびけ復活祭のミサ 茉衣
欄干を鳩の足音春蘭ける 正信
鳥の巣に鳴声消えて巣立ち知る 眞知子
道草を食みたる馬や朧雲 真理
菜の花や六甲連山遠望す 翠
林間に鳥の巣光る高さかな 盛雄
春深し移ろふ時の遅きこと 安廣
夜桜を浮世の花といふべきや 遊子
あの辺と思へど鳥の巣探すまじ 乱
花見酒草餅あてに赤ら顔 恋多郎
即吟
卓上のチューリップと苧環の花を詠む。出席者全員に得点がありました。高得点であった三句をご紹介します。
それぞれにもの思ふらしチューリップ
安廣 6
久方の句座の喜びチューリップ
正信 5
やはらかに伸びたいやうにチューリップ
橙 5
お祝い
選者の山戸暁子さんが日本伝統俳句協会全国俳句大会で特選を受賞されました。(湖東紀子特選)
一人ボール蹴りては拾ふ子供の日 暁子