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第670回 令和5年2月20日

                           
会場  大阪俱楽部会議室

出席者 瀬戸幹三・山戸暁子・小出堯子

    鈴木輝子・鈴木兵十郎・寺岡翠

    東中乱・東野太美子・向井邦夫

    森茉衣・山田安廣
投句者 植田真理・碓井遊子・草壁昴

    鶴岡言成・中嶋朱美・中村和江

    西川盛雄・根来眞知子・平井瑛三      

  出席者11名+投句者9名 計20名


兼題 春時雨・鶯(幹三)

   冴返る・冱返る・片栗の花(暁子)    

   当季雑詠

   通じて8句


選者吟
春時雨やみゆくことを惜しみけり    幹三    
片栗の花や谺の美しき谷           
鴬の深々と吸ひケキョと吐く
宿の名の傘の行き交ふ春時雨      暁子
目を細め象立つてゐる春時雨
冱返る今の電話は見守りらし

 
幹三選 
湯に浸す手よりほぐれていく余寒    輝子
◎恋猫の剃刀のごと呻きけり      真理
谷崎の墓石寂の字冴返る         乱
◎小さき書肆ありしこの角冴返る    輝子
片栗の咲きて色添ふ橅林        安廣
片栗の花や野の声鳥の声       太美子
園児らの散歩の列や春隣        遊子
◎片栗の花咲く尾根にたどりつく    輝子
春時雨明るく濡れしビルの壁      真理
◎鶯や縁側に来し老い二人       邦夫
◎片栗の花振り向けば消えさうな    輝子
鶯や岩に突き出し籠り堂        暁子
片栗の花に寄り添ふ母子かな      盛雄
◎春時雨濡るるもをかし南座へ      乱
光背の金色ほのと春時雨       兵十郎
◎晴れわたり青一色に冴返る      言成
数知れぬ片栗の花山静か        邦夫
宿の名の傘の行き交ふ春時雨      暁子
春時雨ビルの中なる父母の墓       翠
春時雨昼は汁粉にしましょうか     朱美
鶯ののびやかなりや神の森      兵十郎
春時雨少し濡れたる待合せ       邦夫
鬼たちも大団円の追儺かな       遊子
目を細め象立つてゐる春時雨      暁子
春時雨軒なきビルの間を歩く      暁子
掌で確むるかに春しぐれ       太美子
 

幹三特選句講評

・恋猫の剃刀のごと呻きをり      真理
 ふだん可愛い猫も野性が目覚める時は狂ったようになる。その狂気を剃刀と喩えたことに賛同。

・小さき書肆ありしこの角冴返る    輝子
 この小さな本屋でさまざまな本を買った。中には自分の人生に大きな影響を与えたものもあった。過ぎ去ってゆく時間を思うと寒さもひとしおである。


・片栗の花咲く尾根にたどりつく    輝子
 「片栗の花咲く尾根」というフレーズに惹かれた。尾根からの雄大な景色と、群生する可憐な花というバランスが面白い。
   
・鴬や縁側に来し老い二人       邦夫
 初音だったのであろうか。長い人生、また春が巡って来た。いっしょに鶯を聞くパートナーがいるのもいい。きっと素敵な縁側であろう。

・片栗の花ふりむけば消えさうな    輝子
 地面からふわっと湧き出たような繊細で可憐な花。そっとしておいてやりたいという作者の気持ちがつたわってくる。

・春時雨濡るるもをかし南座へ      乱
 京都と時雨はよく似合う。今から芝居を見ようという時にぱらぱらと降って来た雨もまた風流である。四条大橋を笑いながら駆けていく景を思った。

・晴れわたり青一色に冴返る      言成
 冴返ることに色を決めるなら青。また、青は憂鬱な色でもある。空になーんにもない快晴の朝は放射冷却が起りぐっと冷え込む。


暁子選
谷崎の墓石寂の字冴返る         乱
すぐそこに鳴く鴬の見えぬまま     幹三
妻の手を包み込みたり冴え返る      昴
◎小さき書肆ありしこの角冴返る    輝子
片栗の咲きて色添ふ橅林        安廣
◎採血の針の太さや冴返る       瑛三
中天に張り付く月や冴返る      眞知子
◎大河内山荘鶯独り占め         乱
片栗の花咲く尾根にたどりつく     輝子
鶯の声を土産の峠茶屋         安廣
片栗の花や谺の美しき谷        幹三
光背の金色ほのと春時雨       兵十郎
灯の消えし無人駅舎や冴返る     眞知子
◎晴れわたり青一色に冴返る      言成
冴返り襟そばたてる庭師かな      真理
◎心おくニ月姑母汀子の忌      太美子
春時雨ビルの中なる父母の墓       翠
少年に疼くことあり冴返る       和江
冬の空甍波打つ寧楽の京        盛雄
◎薄日射し春の時雨の銀蒔絵      安廣
あっ初音空耳ならず二度三度       翠
不意を衝く愛撫のやうな春時雨    眞知子
溶接の青き光炎冴返る         幹三
ビロードの艶持ち句座の菫かな    兵十郎
春時雨街の匂ひを消して過ぐ      輝子


暁子特選句講評

・小さき書肆ありしこの角冴返る    輝子
 最近は電子化による時代の流れで、閉店する書店が増えている。有名な大型書店のなくなるのもさることながら、通い慣れた町の本屋さんが無くなるのは、もっと寂しい。


・採血の針の太さや冴返る       瑛三
 ただでさえ血の気の少ない老人にとって採血は本当に辛い。ぶり返す寒さの中で、針が一段と太く感じられる。

・大河内山荘鶯独り占め         乱
 大河内山荘は京都嵯峨の小倉山にある庭園で、時代劇俳優大河内伝次郎の山荘だった。長い固有名詞が入ったので中八になってしまった。広く立派な庭園を独り占めする鶯。まだ開園前の早朝か休園日など、人の気配のない時かもしれない。杉田久女の「谺して山ほととぎすほしいまま」を思い出した。山と庭園の違いはあるが、共に自在に鳴く鳥の声の晴朗さが一句に響く。

・晴れ渡り青一色に冴返る       言成

 少し寒さが緩んだかと思うと、また逆戻りを繰り返す。ピンと張った冷気の中の真っ青な空。しかし確実に寒中とはどこか違っている。

・心おく二月姑母汀子の忌      太美子
 お正月を無事越されるとほっとされるのか、二月に亡くなる方は多いようだ。作者は長くホトトギスで学んで来られた方だから、お姑様、お母上と共に、汀子先生をも深く追慕されている。

・薄日射し春の時雨の銀蒔絵      安廣 
 春時雨の特徴をとらえた雅な句。時雨ながら薄ら日がさした時の光景を銀蒔絵とはよく表現されたと思う。

参加者自選句
春風に小枝揺らして木々笑う      朱美
薬草園花かたくりの匙加減       瑛三
かたかごの花駆ける子ら移り来て    和江
鶯や縁側に来し老い二人        邦夫
音もなく庭濡らしゐる春時雨      言成
冴え返る月高くして星稀に       堯子
掌で確むるかに春しぐれ       太美子
湯に浸す手よりほぐれていく余寒    輝子
鶯かと聴かるる日々や電話口     兵十郎
たつ鶴の細きかたあし冴返る       昴
バレンタイン愛する友は老ひ知らず   茉衣
中天に張り付く月や冴返る      眞知子
春時雨明るく濡れしビルの壁      真理
未熟なるままに老いたり冴返る      翠
冬の空甍波打つ寧楽の京        盛雄
鶯の声を土産の峠茶屋         安廣
里山の雑木騒ぐや冴返る        遊子
片栗の花くれなゐの折鶴に        乱

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